金の目の魔といえば、そこそこ知れた存在だった。
それなのに住処で昼寝をしていた折、うっかり人の世などに呼び出されてしまった。
魔には魔の暮らすところがある。ちょっかいを出しにちょくちょくと人間に携わるなど煩わしい。食事の必要に迫られたときに行くくらい。人にべったりな精霊ではあるまいし。物好きもいるようだが自分は違う。
それなのに、勝手に呼び出されて今自分は人の世にいる。
そうして出会ったのは変な人間だった。短くぼさぼさの髪に、傷だらけの顔をした、やせ細った女。
「あ、失敗」
「おい」
しかも侮辱を受けて唖然とした。失敗だと?
「あ、失礼」
顔を歪めた俺に丁寧に女は頭を下げた。
それでも不服が滲み出ていたのだろうか、彼女はあっさり土下座した。
「いや、ご気分を悪くなさったようなら謝りますのでお許しを。自分の魔力の元を辿っていたはずなんですけどね。あなたじゃ力が大きすぎるし、きっと間違いだな、という意味なのです」
「おい、女。…お前、ひょっとして」
匂いをかぐと、なるほど自分好みの匂いがした。
『食おう』と思った人間には印をつける。人のほうは都合よく祝福などと思っているようだが、あくまで契約。貰うものは貰う。俺の場合は魂の抜けた後の肉体を頂く。生きているうちに食わない分だけ良心的なほうだ。まあ大概力を使ううちに歪みに耐えられずさっさとお陀仏なんだが。
印付け。これによって俺の獲物だと宣言すれば、力さえあるなら上書きされることはまずないし他の魔は近寄らない。躊躇無く近寄って、女の短い髪を手であげて首筋を眺めれば、自分が印に使う文様。
「…俺を呼んだのは間違いじゃないようだぞ」
にやり笑って首に息を吹きかけるとぺらぺらと女は喋り出した。
「食われるのですか私。ああまだ読み止しの本が1000冊はあるし調合の鍋はかけっ放しだし借金はまだ利子分すら返せていないし恋のこの字も知らぬうちはかなく果てなければならないのですかああ神様あなたはなんて理不尽で残酷なんでしょうか毎日パンとスープ一食あれば満足いたしますと清貧を貫きお祈りを欠かさないか弱き乙女にかような運命をご用意なさるとはなんと非情な振る舞いでしょうあなたをお恨みいたします」
女としてはあまりの反応に呆気に取られる。
「いや、今は食わないけど」
「それを早く言ってください」
きい、っと女は俺を睨む。項垂れて鬱々とした様子はどこへ行ったやら。
「あ、ああすまない」
「いいですか、私のような弱者というのは常に命懸けなんです。針の先ほどの可能性と魔法国家に生まれたために魔法使いになれなんていわれた日にはもう、生贄になれと血塗れた刃の待つ祭壇に登る心地でしたよ、冗談じゃない。ああ、よく考えたら全部が全部あなたの所為とも言えるじゃないですか、責任は勿論取りますよね?私はアリーです、あなたのお名前は?」
俺はそれに思わず答える、
 
「ご飯だよ、猫さん」
少年に突かれて目を覚ました。
シライという少年は、彼の兄同様整った顔を緩ませて魚の身を解したものの入った皿を差し出す。動物が好きなのだろう。
「何の夢を見てたの?」
「ニャー」
「いや、猫さんは魔だってもう聞いたからフリはいいよ」
「ニャー」
「…まあ、いっか。あ、骨は除いてるから安心してね」
何の夢を見てたかって?
懐かしい、大昔の夢だよ、優しき少年。

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