「・・・黒髪の男を見ませんでしたか!?」
「黒髪の男?そんなのどこにでもいるじゃねえか」
「傲岸不遜で礼儀を知らない背のやたら高い男です」
「それもまあ少なくはない特徴だわな」
「分かりました・・・」
「この祭りの中はぐれちまったら、まあ見つからないと思うがまあがんばれ」
「ありがとうございます・・・」
王は毎度のごとく行方不明である。どうせろくでもないことに精を出しているに違いない。先程からもう随分探し回っているのでクェインは疲れきっている。祭りの最中ということもあり、部下も殆ど休暇をとってしまっていて人手が圧倒的に足りない。そんなわけで、一応いつも面倒くさがってはいても事務能力は高い王様を探し回っている。黒髪はこの国ではあまり見ない特徴だが、他国の者もやってきていることもあり、なるほどどこにでもいるために分からない。
「どこに行ったと言うのだか」
人の行き来の妨げにならない場所まで来ると、クェインは座り込んだ。行き交う人の華やかでとりどりの晴れ着、ジョッキがぶつかり合う音、肉の焼ける香ばしい匂い、調子外れの陽気な音楽。仕事のための人探しをしている自分がつくづくと哀れだ。王はこの空気を吸いこんでうきうきとうろうろしているに違いない。
「見合いの話などしたから逃げたかな」
「まあそうだ。結婚相手の女性くらい自分で見つけてくるさ」
「・・・気配くらい出してくださいよ気味が悪い」
クェインの隣にいきなり現れた王様は大きな杯に並々注がれたワインを煽りながら座り込んだ。
「体が鈍っているんじゃないか、クェイン。この間も運動不足気味だったようだし」
「誰かさんがさぼってくれるお陰で机から離れられないもので」
「ほう、俺の所為か。じゃあお前が貴族の子弟の稽古をつけるか」
平民からの採用も始まったが、今のところ元よりある程度訓練をつけている貴族が城仕えの騎士としては多い。仕合が好きな王は自ら彼らの稽古を買って出ている。平和となった折に何を、と笑うものもいたが、魔や闇が再び現れたことなどから、有事に備えたそれは決して無駄とはいえなくなった。しかし。
「甘ったれた貴族の子弟のお相手ですか、それは遠慮します」
クェインは貴族が好きではない。
「あいつらもそんな悪い奴らでもないがな。まあ、それなら机を恋人と思って諦めろ」
「あんな手触りの固い恋人はごめんですよ」
「お堅いお前に似合いじゃないか、なんだ、ふくよかな相手が好きなのか」
「セクハラですか。・・・あなたのさぼりの目的は貴族の子弟の稽古だけじゃないでしょう?それ以外のほうが多いじゃないですか。全く、いきなり冠のことを熱心に調べ出したと思ったら次には宝石を捜してくると言っていなくなる、終いにはやたら敵を増やして戻ってくる。好き放題に生きるのが王と思うなら大間違いです」
「敵が増えたのは時勢だろう、俺のせいじゃない」
「もう何もかもあなたのせいですよ。私の万年筆が折れたのも私がリリーと別れることになったのも全てあなたのせいです」
「ストレスにしろ時間の不足にしろ自身で始末をつけろ、俺にはどうすることも出来ん」
「真面目に働いてくださりさえすれば十分ですが」
「真面目に働いているつもりだが」
「書庫に行ってその言葉の意味を引きなおして1000回ほど暗唱して身につけていただきたいものです」
「それこそ時間の無駄だろう」
疲れたようにクェインは頭を振った。ヴィーの戯言に付き合うと長くなるのをクェインは失念していた。
「・・・あなたとこうしている時間が一番無駄ですね、城に帰りますよ、その主たる『王様』」
「ちっ」
全く時間稼ぎなどをして。そんなに戻りたくないのだろうか、とクェインは思った。
「・・・とりあえずその癖治してくださいね、仮にも一国の王が舌打ちなどと」
「王とて人だ」
「人である前に王でありなさい」
「・・・分かってるよ」
彼が闇の払われた後も平民なら。この祭りを心から存分に楽しみ、はしゃいでいたことだろう。けれど今の彼は何をするにしろ自分が王であるという現実が付きまとう。ワインを啜るヴィーの姿はどこかしょげているようにも見える。
「王、この間の宝石店に結界を張る仕事、時間外労働でしたよね」
「なんだ、藪から棒に」
「何か奢って返してくれたら貸し無しにしてあげましょう」
クェインからしてみると、まだどこか王になりきれていない彼の親友はクェインの言葉を理解して笑った。
「お前が俺を気遣うなど明日は嵐が来るのではないか。そしたらお前は国民の敵だな、皆が必死で準備した祭りを中止に追い込んでしまうのだから」
「で、どうするんですか」
「ふむ、寛大な王様がお前に一つ奢ってやろう」
「それは光栄至極」
一日くらい祭りを楽しんだとてきっと罰は当たらない。クェインは机に詰まれた書類の山を苦笑して忘れることにした。

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