「ヴィー、お前ちょっと来い」
「なんだよ」
親父は随分酔っているようだ。母が亡くなって以来、酒を飲む量が多くなったように思う。依存症が出るほどではないが。
「お前明日から、神殿に行ってこい」
「なんでいきなり?」
「そして帰ってくるな」
「・・・何言ってるんだよ、親父」
夜に屍鬼が溢れてからというもの、酒場はいつだって閑散としていた。昼には料理屋をやってなんとか生活しているものの、親父は酒屋は夜開くものなのにといつも愚痴っている。
「お前は俺とファーネリアの子だ・・・剣の腕、そして隠しているようだがその術力」
ぴくり、とする。
「術は使えないって言うんだろう?俺に気を使わなくっていいんだ、」
「違う!!俺は剣士になりたくて・・・親父みたいに放浪して、世界を見て周って、それで満足したらこの店を継ぐんだ!これは俺の意思だ」
「そいつは嬉しいが。もっと大志を抱いたっていい。お前、このままだと小料理屋やって終わっちまう」
「・・・俺はここが気に入ってる」
親父の片腕を見やる。若い頃、旅の間に失われたという腕。隻腕になって旅をやめて落ち着く前、彼は名うての傭兵だった。腕一本でも、俺の剣術をここまで仕上げたのは親父だ。俺がいなくなったら?親父は一人だ。ガタイの良さに似合わず寂しがり屋の彼はどうなってしまうのか。
「黙ってたがなあ、お前のじいちゃんは神官長だよ」
「は・・・?」
何を言っているんだ?
「お前の母さんはその娘、本来あそこを継ぐだけの力を持ってた。俺と結婚するなんていうから勘当されてたがな」
お前にもそれだけの力はある、と。
「そんなの」
「嘘じゃない。そうそう、お前夜な夜な何をしているんだ」
「知って、たのか」
「ああ、屍鬼を倒してまわってたんだろう。たく、怪我ばっかしやがって。剣術だけじゃ足りないって分かったはずだ、あいつらを倒すには術がいる・・・竜の加護を受けた術が。使ったんだろう」
何で親父は全部分かってるんだろうか。
戦うのは好きだった。屍鬼は俺にとって格好の敵だと思った。しかし斬っても斬っても、奴らは倒れず、試行錯誤の日々のあるとき、集団で囲まれた。その時とっさに動いたのは剣を持つ右手でなく左手で。初めて使った力は、術、と呼ばれるものだと、後で知った。
「俺に神殿に行ってどうしろって言うんだ」
「屍鬼を屠る術を磨いて来い。それで酒と女に遊ぶ夜を俺のために取り戻して来い」
国を救えとは言わないところが親父らしかった。
「我侭な親父だな」
と、親父はシニカルな笑みを浮かべた。
「ああ。・・・正直何より経営難なんだ」
「は?」
「実はこの店倒産しかかっている」
「倒産?」
「そう、お前の分の食費がない」
「親父の分はあるのか」
「お前俺を飢え死にさせる気か!?」
「俺はどうだよ」
「だから神殿に行ったら飯はあるから・・・」
「おい、親父それでも父親か」
こうして。
食べるために。そして酒屋存続の危機をかけて俺は神殿に向かうこととなった。
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