緑のクリスマス、まさしくそんな日だった。
雪もなくよく晴れた日で、道の淵を彩る常緑樹が光を反射していてそれは美しいものだった。
奇しくも私が19歳だった年のその日は公爵家を継いだ日ともなって、さらには『君』とであった日でもあって未だ忘れがたい。
繕いあとも見られるのに、よく洗ったのだろう清潔で真っ白なケープとフードを被った君は、冬の花に囲まれていた。
花売りは春を鬻ぐ。その言葉を知ってはいたけれど、君とその職業は程遠く縁無いものであるように見えた。
優しい色の、柔らかい髪。ミルク色の頬にクリームをくぼめたような笑窪。
「お花はいりませんか」
その透明な鈴を鳴らしたような、あどけない声。太陽に背けられることのない瞳には美しい光が宿っていた。
そのどこに、後ろ暗さや陰気さがあっただろう?
花のつまった荷台と少女の元へ近寄っていくと、一瞬だけ少女の目は鋭くなった。今思えば、そこに花売りの少女特有の強かさがあったのかもしれない。
私が狩をしようとする鷹のようなその目にとらわれた、と思った瞬間、幻のようにそれは緩められてあどけない表情へと変質した。
「お花を、買ってくださるの?」
声が心地よく耳に反響する。思えば、私はおそらく少女のこの声に、『一聞ぼれ』したのだろう。
「ひとつ、貰おうか」
高慢を気取おうとした私のその声はきっと隠し切れなく震えていただろう。君はそれを嘲ったりはしなかった。包み込む笑みを浮かべ、
「どれになさいますか」
と聞いた。
私は彼女に似た真っ白な小さな花を買って帰った。
その日から。
何度も花売りの少女の元へ通いつめて、ただ花だけ買った。すでに決まった婚約者の下へ通う道のりで、だ。それを寄越すと婚約相手があげる喜びの声に罪悪感を覚えなくもなかった。それでも。
「こんにちは、寒いですね」
君の声を聞く喜びに勝るものなんてなかったから、やはり通い続けた。
時間をかけながらゆっくりと君と知り合った。
少しずつ、少しずつ。
君の名前を知り、君の好きなものや嫌いなものを知り、君の暮らすところを知り、君の生き方を知った。
君の春を買うのでなく、君とやがて来る春を並んで過ごしたかった。そうだった、と思う。
 
歯車は君と出会った日に、狂いはじめていたのだろうか。
 
数年後、私が妻を娶ったあと、君は姿を消した。

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