彼女に出会ったのはこの上なく乾いた秋の日だったと記憶している。
それは文字通り電撃が体を駆け抜けたかのような衝撃を受けた。
この時期に悩まされる静電気のせいではないと明言しておこう。
世間を覆う闇があるにもかかわらず父に追い出されて、まだ幼い自分が初めて一人でお遣いをしていた折のことだった。
馴染みの客だという人のいる工房へと宝石の注文を伺いに行ったのだ。その工房をどうにか見つけ出し、店のドアを開いた瞬間に飛び出してきた人影に私は衝突することとなった。
あっけなく倒された細く小さな人に驚いて、私はあわてて助け起こした。
「ごめん、だいじょう、…ぶ?」
言おうとした言葉が詰まる。
なぜならそれは、ヴィーナスだった。
抜けるように白い肌はほんのりと赤く上気し、溶けた銀のような髪は緩やかに風に流れ、驚きのために少しだけ開いた唇は薄紅。長い銀の睫に覆われた大きな水色の瞳が自分の姿を捉えた途端私は知った。
これが運命で、これが恋なのだと。
「平気。ありがとう」
「い、いえ」
彼女は微笑を浮かべた。それは、完璧な微笑。彼女が立ち去るのを、私は呆けて見送った。なんとも情けない出会いであった。
しかし、それからの日々は幸福の一言に尽きよう。いつだって私の心の中には愛しき人の姿がある。そのことそれ自体にどれほど励まされることか。同じ地上に今生きて、私の恋する人がいるのだ。
…正直、彼女の目が、彼女の一番傍にいるフィーに向いているのに気付かないわけではない。
けれど、歳月が移ろうにつれ人の心も移ろうもの。いくらでも私は待とう。彼女の心が私たちのであった秋空のように可変であると信じて。
仮に移ろわなかったとして。
もし、彼女が幸せなら。
それでもいいとそう思うのだ。

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