僕に妹ができたのは、数年前のことだ。
「ロイ、見て見て、雪だ!」
はしゃぐ彼女は窓辺で意味もなく飛び跳ねている。
「寒いとさ・・・外出たくないよね」
「・・・雪だるまは!?雪合戦は!?」
「フィー、元気だね」
「シライなんかもう飛び出して行ったんだ」
「フィーも行けば良かったじゃない?」
「そう言ってくれるな、あの時は雪に気付いてなかったんだ」
膨れ面をするので苦笑する。このころの僕にとって、外に出るというのは苦痛でしかなかった。わざわざ欲を孕んだ人の目に晒されたくはない。
「雪を見てるだけでこう、なんだかわくわくするじゃないか」
開け放した窓の外に向けて、言葉を紡ぐ彼女の息は白い。空から降ってくるものも白い。僕は彼女に見蕩れた。意志の強い真っ直ぐな目はひたすら降りしきる風花に捉われている。
寒さに上気する頬。ときに大きな細工物に難なく取り掛かれるとは思えない華奢な手足。
「なあ、行こうよ。一人で雪だるま作っててもつまらない。雪合戦も相手がいないとつまらない」
「分かった」
「ロイ?」
じゃあ、行こうか。彼女の手をとって、二人で外に出た。
「ロイってば、防寒具つけないと寒いじゃないか。寒いのいやって言ったくせに」
コートも着ず、手袋もマフラーもしないで。
外は一面の白だった。まだ朝も早く、気の早い子ども達の軽い小さな足跡だけが、半ば降り積もる雪に埋もれるように点々と連なっている。
「寒い?」
「そりゃあ」
「じゃあこうしよう」
僕は彼女を背中から抱きしめた。ほわりと伝わってくる、フィーの温もりが愛おしい。
「・・・歩きにくい」
「そうだろうね」
「・・・お前私を盾に顔隠そうとしてるだろう」
「どうだろうね」
この頃の二人の身長は同じくらい。だから彼女がそんなことを思っても無理はない。でも、ほんの少し僕のほうが背が高くなってるって知ってた、フィー?彼女の肩に顔を乗せ、くすり、と笑うと彼女は訝った。
「温かい?」
「微妙」
尋ねると、そう返ってきた。
寒いはずだ。僕の平熱はとても低いから、抱きしめても君の熱を奪うだけ。
雪景色を楽しみながらそのまましばらく歩いた。僕に捉われたフィーは今にも走り出しそうに、時々ぴくっと何かに反応する。まるでやんちゃな獣を押さえつけているような、そんな気分になる。
フィーの心音に耳を澄ませると、相変わらず平常のリズムなので少しがっかりした。
ちょっとは自分のことを意識してくれてもいいのに。
・・・意識して、欲しいのだろうか。
「どうした?」
冬でも暖かい彼女の手が、僕の小さな気落ちと混乱を読み取って頬に触れてくる。
「なんでもないよ。やっぱり上着とって来るから待ってて」
僕は何事もなかったように微笑んで、そう言った。
「わかった、頼む」
ずっと妹だった。やがてそれが恋情に変わったのは一体いつからだろう。
それに気付いたその日、珍しく頬が熱くて、降ってくる雪を溶かした。
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