シンデレラ風パロディ

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『パロディ・オブ・シンデレラ〜Fの悲劇〜』

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 昔々、世界一長生きの亀が赤ちゃんだったころよりも昔、恐竜の生き残りが死に絶えるよりは後くらいの昔のお話です。
 物語の舞台になるのは今では名もないとある国。
 
 その国ではそろそろ王位継承を行うべく、王子のお妃候補を選ぶため国中が準備で大わらわでありました。

 なにせ3人いる王子のうち、「もっとも早くに結婚相手を見つけた者が王位を継いで良いよ」なんて王様が言うものだからもう大変。

 王子は3人とも優秀であったものですからそれぞれの王子に肩入れするもの同士が貴族内で分裂し、彼らの敬愛する王子こそを王位につけ、あわよくばそのお妃様の座に自分の娘を迎えさせようと数多の真っ黒い陰謀が繰り広げられ、城は魑魅魍魎の溢れる魔窟もかくやの阿鼻叫喚の様を呈しておりました。

 しかし王位継承なんて心底自分にはどうでもいい。王たる資質が全員あるならばいっそ阿弥陀くじで決めればいいのに馬鹿らしいと思っている人物がそんな城内におりました。たかだか一侍従である『彼』のそんな考えが周囲に知られたら真っ先に首ですね、これは秘密ですよ?

 噂の渦中にある3人の王子様に一度として会ったこともなければ名前すら覚えていない『彼』は、ただいま迷子になって溜息をついているところでした。

 その名はシンデレラ。

 シンデレラは最近城に奉公にあがったばかりで右も左も分からない新参者です。異例にも庶出の王子付き侍従となったシンデレラへの風当たりは当然強く、今日もシンデレラはよく分からない雑用を大量に押し付けられて、それらを片付けるべくばたばた駆け回るうちに無駄に広い王宮の奥までやって来てしまったのです。

 さっきから何度も同じところを周っている気がして、ぐったりとしたシンデレラは、もう見るのも5回目になる中庭の噴水の縁まで行くとへなへな座り込みました。

 狭い中庭から四角く切り取られた、シンデレラの心情と正反対に晴れ晴れとした空を見上げて休みながら、『彼』はぼんやり城にあがってから今日に至るまでの日々を思い出しておりました。
 『彼』は日々押し付けられる雑務のために王子に仕える仕事まで手が回らず、その最たる要因である同僚たちによって罵られながらも王子のための仕事を掻っ攫われていくのを、いつもなすすべなく眺めておりました。この状態が、自分を雇い入れた張本人である王様に知られようものなら、ひょっとして城から追い出されてしまうかもしれません。

「もう、そのほうがいいかもしれない」

 給料が信じられないくらい高給なのはとても嬉しいのですが、シンデレラは疲れきってぐったり重い自分の体を見下ろしてそんなことを呟きました。最近食事も満足にとっておらず、よく眠れてもいません。お金がたまっても遣う暇がありません。平民憧れの城仕えですが、それとかけ離れた生活であることは間違いありません。

「助けてやるんじゃなかった」

 ある日町のただ中で倒れこんでいたので仕方なく介抱してやった酔っ払いが実は王様だったなんて知っていたなら、しかもそれが原因でこんな要らぬ嫉みに巻き込まれて過労死しかける未来が分かっていたなら、見殺しにしてやったのにとシンデレラは頭を抱えました。

 幼い頃、「お節介はほどほどにしないといつか身を滅ぼすよ」と心配そうに言っていた女の子がふと思い出されます。珍しい銀髪碧眼の彼女はある日突然フィーのいた孤児院にやってきて同じくらい突然に姿を消しました。人でないと思えるほどの美貌でしたので、気まぐれな精霊の所業だろうと誰かが言った言葉をフィーも含めてみなすんなり信じてしまったものです。

「あの子はどうしただろう。幸せに、なっているといいなあ」

 フィーは微笑みました。きれいな水色の瞳がしっかりと美しいものに目がないシンデレラの胸に焼き付いています。それでも、彼女は精霊だと信じてしまうなんて時代が変わって大人になった今では笑うしかない話です。そんな非現実的なことは有り得ないと今では知っていますから。
 そういえば美しい彼女の手による料理は期待を裏切ることなく大層絶品で、彼女が料理当番の日はシスターたち大人も含めてみなが手を叩いて喜んだものでした。そんなことを思い出していたら、ぐぅ、とお腹が鳴ってフィーはなんとも切ない気持ちになりました。下町の酒場の一番安くてまずい料理でも、今のシンデレラならぺろりとおいしく平らげられそうです。

「俺もう給料分は働いたよな…そうだ、明日には辞表出しに行って先月一杯分の給金もらってこんなとこからはさっさとおさらばしよう」

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