シンデレラ風パロディ
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「ああ!!今日もその艶やかな肌の素晴らしさはかの一角獣の穢れなき純白すらくすんで見えるに違いありませんね兄上。あなた様がほかならぬこの私の兄上であることが私は心底誇らしく幸福を噛み締めるような毎日です!!」
「伝説でなく伝承だと一角獣は灰色というけれどね。ところで、ヴィエロア兄さんはどこへ?」
「つい先ほど花街へ参られました…」
「…そう」
王宮のもっとも豪華で煌びやかな部屋のひとつを訪れたこの国一の傾国の美貌と謳われる優美そのものの第二王子は溜息をつきました。
彼らの父王の気まぐれをどこ吹く風と、無類の女好きの彼の兄は相変わらず気ままに過ごしているようです。実質順当に物事が進んでいたなら王位継承第一位の身でありながら、それを覆す父王の言葉に怒る素振りもなければ、そのまさしく酒とバラの日々の生活を改める気配もありません。
ではその2人の弟が降って沸いた王位継承の可能性に喜んでいるかといえば、彼らは正直困惑と迷惑しか感じていませんでした。
第二王子と第三王子は、「面倒くさいから第一王子をさっさと王位に据えて引退したい」とぼやいていた父王の姿を何度となく目撃しています。そのため彼ら自身ある程度の帝王教育を受けながらも全く王位につくつもりはなく、その上での自身の身の振り方を考えながら今まで過ごしてきたのです。それなのにいきなりのこの気まぐれな仕打ち。
途端に以前からひっきりなしだった求婚者の数は激増し、追従者の顔ぶれはさらにバリエーションが豊かになり、面倒なことこの上ありません。
「あの父は何を企んでいるんだろうね」
今回の一件で、賢王と王を讃えた周囲から一転して受けた愚王との誹りをさらりとかわし、読めない笑顔を浮かべていた父を思い出して長い銀の睫毛を伏せながらロイ王子の顔は愁いを帯びました。それをうっとりと眺めつつも彼の弟であるウェーブがかった濃い茶色の髪と同色の瞳の青年は静かに応えました。
「この件で万に一つヴィエロア兄の態度が変わったら僥倖、と父上も考えなくはなかったでしょうが、あの兄が王位にさしてこだわりを持たないのを彼が知らぬはずはないですから。そうですね、本意としては王位継承を控えて不穏分子の徹底的なあぶり出しと王位を巡ってのわれらの意向を見るつもり、でしょうか」
「くだらないね。我々のいずれかあるいは双方が、積極的に王位を取るつもりならくれてやる気だと?」
「まあ額面どおりに受け取ればそうです。そんなことは有り得ないとおっしゃりたい?」
「もちろん。…あんな内紛を呼びかねない発言をした後、父上が我々3人だけに言った言葉を覚えている?」
「『先ほどの言葉は偽りでも戯れでもなく本気だ。ただし条件として、結婚相手は僕の気に入る女性でなければ失格』」
彼らの父王はそんなことを言い放ったのです。
「どうも気にかかる。あの男が好む女性なんて想像できるかい?」
「極端なお人よしか極端な腹黒でしょうか。母上は後者ですが」
唯一父の暴走を止め得る彼らの母は、今回の一件を受けてまあまあ、大変そうねえと微笑んではいたものの、一向に助けてくれる様子がありませんでした。むしろ彼女の楽しそうな笑みは何らかの確信犯であることを匂わせ、第二王子をさらに憂鬱な気分へ追い込みました。物心ついた頃から女の子に恵まれなかった母の手により女装させられまくった闇に葬りたい記憶はしかし彼に根付いており、そのために母である王妃への苦手意識と警戒心はいまだに抜けません。
「…なるほど、腹黒かお人よし、かあ。どっちを相手にするにせよ疲れそうだね。結婚するのは父でないというのに」
「孫が好みの人間に育って欲しいのでしょう。兄上の子供ならどのような女性を娶ろうともその子に対してあなたのみの優良な遺伝子が遺憾なく発現してくれることを僕としては望みます。そうすれば兄上そっくりの玉のような御子が産まれるでしょうし」
「父上と君の望みは知らないよ。…父上は、結婚相手の女性として僕らのいずれが娶るにせよ誰か具体的な女性を思い描いているのではないだろうか。いよいよ父が兄を諦めてその女性のほうに実質王権を譲ろうとするつもりなのではないかと僕は考えている。
正直…王位に興味はない。むしろ煩わしい。
そこで提案だ、父の望む唯一、彼のお眼鏡に適ったらしい女性を見つけ出してヴィエロア兄さんとの仲を取り持って結婚させてしまおう。いい加減この国のためにもあの人は身を固めるべきだ」
「分かりました。しかし、どうやって見つけるんです?」
この国は女性が多いのです。かの父王なら、身分を問わず選んだだろう彼の気に入った女性まさしくその人でなければ良しとしないに違いないと第二王子は思いました。
「今度の宴こそがその女性ためなのではないかな?」
2日後には彼らの后選びが行われます。ここでいずれかの王子がその后に据えうる相手を見出したならその王子こそが王になる、というわけで大いに人々は盛り上がっているのです。妙に冷めている三兄弟とは対照的に。
「…なるほど。父上はだから庶出の人々の参加も認め、国内外からの出席者を募ったというわけですか。『誰』が紛れ込んでもいいように」
「おそらくは」
「可能性はありますね。では2日後までに探り出しますか」
「ついでにそろそろ父上がこの一件で見込んだだろう、兄上の即位に対する不安要素のあぶり出しの目的のほうは叶えてあげようか」
「そうですね。いい加減疲れますし」
「本当に」
「では、互いの幸運を願って」
2人の王子は頷きあい、やがて第2王子のほうはぱっと消えるようにその場を去りました。
このようにこっそり会合することもしばしばである彼ら兄弟の仲は決して悪いわけではなく、それゆえにどれほど互いを貶め疑心暗鬼へ陥らせるような発言を受けても一向構う気がないのを、彼らにたかる蝿どもは気づきません。気づかせないように注意深く王子たちは付き合っておりました。
「僕こそが王位にふさわしい」などと父の問題発言の後嘯くことで、蝿共が集るべき甘い蜜があたかもあるように見せかけながら2人の王子たちは過ごして来たのです。そろそろそうして罠に嵌めた相手の処遇も決する時でしょう。国の火種を排し、変わらずあの兄に忠誠を誓い続けた人々のためにも。
…もちろん第2王子と第3王子、彼ら自身の保身の意味もありましたが。何せ父を見ていても、王であるのがいかに面倒な仕事であるか賢い彼らは悟っていたのです。
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