4.少女と牢
さて、少女は困っていた。
入り口を見るとどうやら、入場券の半券のチェックを行っているようなのだ。卑怯なタダ見をしていた者は一人として逃さないつもりか随分と入念に。どんどん人が減っていく・・・。このままここにいたら彼女は捕まってしまう。その筋肉と頑強さを先ほどのショーで披露していた男達が少女のように券を持っていないものをひっ捕まえていく。あれにつかまったら逃げられないだろう。お金を払わないと、どんなひどいことが待っているか彼女はよく知っていた。どうしよう。周りを見回して頭をめぐらす。テントには、多少の布のたわみがあった。好都合なことに、今そこは人でごった返している。
あそこに隠れよう!
そう決めるやいなや、彼女は持ち前のすばしっこさで駆け込んでいた。
うまく潜り込むと、かろうじてそこは少女をうまく隠してくれた。あとは退場がすんでから誰にも気付かれぬように抜け出すだけ。じっと息を潜めていると少女はいつの間にか、うとうとしていた。はしゃぎ疲れた子どもが、よく一瞬で眠りこけてしまうのと同様に。
見た夢は、ドラゴンの夢だった。
ドラゴンは、町を襲い、家屋を焼き尽くし、人を生きたまま狩る。だがそれを暴虐ということはあくまで人間の勝手だろう。
人は森を自らの住まいとして切り崩して他の生き物の住処を奪い独占する。人は、自分たちと『それ以外』を共存するものとせず明確に区別して、家畜や愛玩として他の生き物の生殺与奪権を我が物顔に振りかざす。星が滅びるまで、省みることはないだろう。
竜は違う。道具を持って初めて強くあれる人と同じ、多くはそれ以上に生き物として強いし賢い。そして彼らは自然に則っている。竜と言う生き物はスマートに他の生き物を殺す。痛みがないように。そして人のように過分な狩はしない。
それを分かって尚、人間は自分を食い物としてみる生き物に我慢ならないのだ。人は貪欲に生物の頂点を目指すから。だからこそ竜狩りはもてはやされる。
ドラゴンの行なう狩りを夢の中で少女は無表情に眺めてそんなことを考えていた。それでも。
少女も逃げ惑っていた。圧倒的な生き物に襲われて死にたくなくて。
騎士が町にやってきて逆の狩りが始まったとき少女は安堵した。そしてそのことに、自らの身を脅かす存在であるにしても竜の虐殺を喜ぶ自分に気付いて不快を覚えた。私も『人』だ。こんなふうに、実感する機会を得るたびに彼女は何もかも放り出したくなった。それが幼いもの特有の、どこか身勝手にこねているくだらない駄々と分かっていてもいやになった。
ドラゴンの断末魔が数々響いてきた。彼女は聞きたくなくて耳を塞いだ。
どうしようもなく私も人なのだ。
まどろみから、薄い絶望を抱きながら目を覚ますと、そこは檻の中だった。
「なんでっ!!?」
自分以外にも数人、捕らえられている。
その誰もがみすぼらしく、ああ、自分と同類の人々だと少女に確信させた。暗い色が彼らのその顔を支配している。
「ああ、嬢ちゃん、あんたはよう寝てたねえ」
近くにいる皺だらけのおばあさんが語りかけてきた。ああ、この人知ってる。話したことはないが、彼女のいる孤児院界隈に暮らす物乞いのおばあさんだ。
「わ、たし」
「寝てるのを見つかったんだろ。放り込まれても起きもせなんだ」
しまった。逃げられる予定だったのに。
「怖い」
どんなしっぺ返しを食らうのだろう。大嫌いなシスターが神はいつも見ている、と言っていたけれどこんなところばかり見て私を罰するのだろうか。救いで無く受けるのは罰ばかりだ。
「おい、泣くなよ」
「俺たちこれからどうなるんかな」
「さあ、いい物は見せてもらったけど。入れ方が甘いと思ったんだよなあ、帰りにあんな検閲があるなんて」
「まったくだ」
「ただのものは高くつくからねえ」
「あの非道で有名な獄吏の元に連れて行かれるのかな」
にわかに牢は騒がしくなった。同じ孤児院の人間はいなかったが、少女くらいの歳のものも数人いた。みな、彼女と同様に誘惑に耐えられなかったのだろう。
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