シンデレラ風パロディ
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「これは、なんというか…凄まじいな」
馬車の窓から身を乗り出して外を覗く、淑女にあるまじき行為を平然と行う彼女はシンデレラ。
「せっかく整えた髪が乱れるから、中で大人しくしておりなさい」
主を咎める御者も早々お目にかかれません。けれど彼は仮にもシンデレラの師ですから、彼女は大人しくその言葉に従いました。
王宮の周辺は人でごった返しておりました。見事に女性ばかりで構成されたその人ごみは、春の色とりどりを集めた花束のよう。もっともその中では押し合いへし合いの女の戦いがよく見ると繰り広げられていたりして、目も当てられない惨状となっています。それを称したのがシンデレラの冒頭の言葉でした。
さて、そんな中でシンデレラたちが人々が目指す王宮へすんなり進んでいけるのは、馬車専用の道が空けてあるからです。
「なあ、爺さん、帰らないか」
王宮が近づくにつれ、シンデレラは冷や汗をかきました。あの城という魔の巣窟の中でこんな格好をしていても自分が自分とばれたら彼女は一体どんな目に合わされるのやら予想もつかないのですからそれは自然なことといえましょう。
「師の労力を徒労に終わらせようとはなんとひどい弟子もいたものでしょうか」
けれど彼女の師の返事は予想通りにべもありません。
「分かったよ…」
シンデレラは諦めました。いったん言い出したらこの師匠は、聞く耳を持たないのです。
「ほらほらふてくされていないで。さあ、着きましたよシンデレラ」
「爺さんは?」
「私は帰ります。せいぜい楽しんでいらっしゃい」
無情に馬車が去っていくのを、シンデレラは途方に暮れた思いで見送りました。
「楽しむって言ったって…后選びの宴なんか、早々追い出されるに決まってると思うけど」
が。
「シンデレラ?」
ぎょ、っとして振り返るとそこには、真っ青な目。
「あ、」
「俺の名を呼ぶなよ。ふうん、面白い格好しているじゃないか」
くすくすと笑う、金髪の男。
鬘でもしているのか分かりませんが、この髪を黒にしてしまえば、あの人です。思い切りこの青年に見覚えがありましたが、シンデレラは惚けることにしました。
「…名を呼ぶな、などと仰られても。あなたはどなたですか」
「ほう?俺をお前は知らないと?」
「ええ」
困惑した様子を装えば、彼は面白そうに彼女をじろじろと眺めました。孤児院でのロイの振る舞いを思い出して、それに少し高慢さを加えた別人となることをシンデレラは決心しました。
「わたくしを不躾に見つめないでくださいませ。私は今日后選びのために参りましたフィオナと申します。この国の王子以外に見つめられる予定はございませんわ」
「…俺がそうだと言ったら?」
「この国の王子の御髪のお色は第一王子からぬばたまの黒、刃の銀、大地の濃茶。あなたのような金の髪ではあり得ない」
先ほど名を呼ぶな、などといったのでこのかぶき者の王子が自分を証明するためにこの場で本当の髪色を見せることは無いと踏んで、シンデレラはそう言うと、
「失礼させていただきます」
と、踵を返そうとしましたが、呼び止められました。
「待て」
「…何か?」
「これを。失礼?」
王子の漆黒の美麗な衣装の胸元を彩る白百合を、す、と長い指は抜き去ると、シンデレラの耳元へとさしこみました。
「よく似合う」
シンデレラの耳元を飾る白百合を眺め、薄い唇が上品な笑みの形を作ると、シンデレラは少し頬を赤らめました。何せこのヴィー王子、顔は整っているのですからいくらロイを見慣れたシンデレラでも心臓に悪いものがあります。こうも、淑女相手の態度をとられると。
「こんなもの、頂けません」
「俺の気持ちだ。先ほどの『無礼の埋め合わせ』に、な。それとも何か、食べ物のほうがいい?」
彼との思い出から一瞬反応しそうになって、シンデレラは首を振りました。
「いえ。ありがとう、ございます」
「…ああ。ではまたあとで、フィオナ」
彼は優雅なしぐさで礼をとって去っていきます。
「…騙せたか?」
去り行く男の後姿を、あまり彼を騙せた自信のないシンデレラはしばし見つめておりました。
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