シンデレラ風パロディ

14

14.

「おっと、お邪魔をしたかな」

 いつの間に現れたものか、テラスの入り口に寄りかかって腕組みをした青年がに、と笑みました。

「…何用でしょうか兄上」
「ロイナス殿、目が据わってるぞ。わざわざ用事を伝えに来たんだから褒めてくれ。俺じゃなくて用があるのはナンテス、中の方で待ってるって。重要な話らしいから早く行って来いよ?」
「分かりました」

 す、と名残惜しそうにシンデレラから手を放すと去り際に「また、後ほど」と彼女に言葉を残し、やって来た男にも何か呟いてから足早にロイ王子は去りました。

代わりに、すたすた彼女に歩み寄ってくるのは、シンデレラができることなら会わずに帰りたいと思っていた相手。

「おや、花をとられたか…フィオナ」
「・・・どなたさまでしょうか」
「しらばくれてくれる。お会いしたのは今日のことだろう?なにか、あなたは実は一時間ごとに記憶が抜け落ちているとでも仰るつもりか?」

 シンデレラの傍までやって来たヴィエロア王子はグラスに差された白百合を手にとってくるくる弄びながら、もう片手で持っているグラスを傾けると泡立つ黄金色の飲み物を口に含んでにやりとしました。シンデレラは顔を顰めて言いました。

「いっそのことそうなら有り難いところです。
・・・私、生憎体調が優れないので、ただいま恐れ多くも『皇太子』殿下をお相手できるようには思いません。申し訳ございませんがどうぞ私をお気になさらず、存分に后選びを」
「今、別に王位継承順位は俺が第一位というわけではない。この宴が象徴するようにな。ならばあなたがロイを相手してやったのに俺を相手にしないというのは酷い話ではないか?だいたい貴女と話すのも歴とした后選びの一環だろう?」
「一人にしてほしい、といったら?お気遣いいただけませんか?」
「顔色が悪い女性をひとりここへ残すほうが人としては愚行だろう」
「なるほど。弱った女性に付け込むのに殿下はそういう手管をお使いになるわけですか」

 フィーが言い放つとヴィエロア王子は一瞬目を見開いて、次にはからからと笑いました。一頻り笑い転げた後、彼は笑いすぎたのか涙目をこすりながら憮然とした様子のシンデレラに言いました。

「くくっ、貴女は少しも王妃になる気がないらしい。この宴の場にいるなら真っ先に射止めるべき、しかも自分に粉をかける都合のよい男を煙に巻いてしまおうとするどころか糾弾するとは恐れ入る!」
「・・・媚びるよりもこちらの方が新鮮であなた様のお好みだろうという計算ゆえ、かも知れませんよ」
「ならそれを言わなければいいだろうに。まったく、つれないな。ロイのほうがお好みか?」
「・・・そうかもしれませんね?」

 その答えに、ヴィエロア王子は目を細めて鋭く笑いました。

「先ほどの光景からするとどうやら我が弟君は陥落済みか?このつれない態度といい。ひょっとしてお邪魔をしたからお怒りなのかな?」
「人聞きの悪い。…彼は私をどなたかと間違えていらっしゃって、懐かしんでおられるだけだと思います」
「ほう?」

 先ほどはロイ王子に思わず見蕩れて言いそびれてしまいましたが、後ほどもしもう一度彼に会えたなら、しっかり彼に自分が彼の求める幼馴染でないと否定しようとシンデレラは思いました。

女とばれて師から破門されるのを避ける意味もありますし・・・何より『フィー』は、本当はもういないようなものなのですから。

王妃の前でつい、名乗ってしまったフィオナという名前の女の子は、もういない。

「ひょっとすると、あなたも勘違いなさっているのではありませんか。いまだ私を誰か別の人と思い込んでいらっしゃるのでは?」
「それはないな。俺の目は誰かを見間違えるほどに悪くない。我が麗しの弟殿のほうは、あなたがその姿をとるまで『貴女』に気付かなかったらしいがな、『シンデレラ』?何故否定する?」

 彼女は首を振りました。内心の動揺を表に出さないように、微笑みながら。

「・・・貴方の目はどうやらお悪いようですよ。どなたでしょうか、シンデレラとは。私は、フィオナです。
さらにいうなら、私とていわば泡沫です。『フィオナ』は刻限がくれば存在しない。存在の残滓すら残さずなくなるものです」

 もうこのような姿をとることはないだろうとシンデレラは確信していました。彼女の師も、これを限りにこのような気まぐれをもう起こすことはおそらくありえないでしょう。彼女は魔法使いになると固く決めていましたから。

「興味深いな、不思議なことを言う。今宵を過ぎたらあなたは死ぬとでも?」
「そう思ってくださってもいい」
「その言い方だと、本当には違うだろう。それにあなたはあなただ。俺が知るあなたの全てに齟齬なく貴女はあるのだから」

 つかの間虚を突かれた顔をして、しかし頑なにシンデレラは申しました。

「いいえ。私は、いなくなるのです」

 彼女の師が迎えに来ると言った明日を告げる鐘がなる頃には、シンデレラも、師の気まぐれが生んだこの仮初の作り物である『フィオナ』もこの城からいなくなります。そしてもう二度とここに足を踏み入れることも、王子たちに会うこともないでしょう。

「王になるなら、このように后たる見込みのない女に関わりなさいませんよう」
「・・・まったく。分からないな、それなら貴女は何故ここへ?」
「さあ、何故でしょう。偶然の積み重ねの結果とでも申しましょうか。ままならないものですね」

彼女の師は楽しんでおいでといいましたが、はて今宵このような宴でどう楽しめばいいものかシンデレラには分かりません。年頃の娘のように恋をしたり遊び歩いたりしたことがないのですから。

「偶然の積み重ねの結果か。多くの人間はそれを運命と呼ぶらしいが」
 ヴィエロア王子はシンデレラの頬に手を置きました。その手馴れた、ごく自然な動作に、シンデレラが身動きもとれずにいると、

「こうして出会ってしまって、俺は気に入ったんだよ、貴女を。共にいて退屈しない。それに・・・貴女は俺に何も求めない。生憎逃げられると追いたくなる性質でね」

 ・・・先ほどからシンデレラとしては自身と関わらないでいてくれることを彼に求めていましたが。なるほど、他に彼になにかを求めようとは思いません。

「・・・私が欲しい最たるものは、他の誰かがくれるものではないですからね。
お金と権力と名誉を人はよく欲しいと口にしますが、それを使って得るものこそが本当に求めるものでありましょう。そして私の欲しいものはそれらでは贖えない。勿論、基本的にくださるならばなんでも遠慮なく頂戴しますけれど。誰かに焦がれてその人自身を求めることもあると聞きますが、私はそのように想う人もいませんし。
それにしても、あなたは」

 シンデレラは、けれどその先を続けませんでした。この国の第一王子。求められ続けることが、この男には。

「なんだ?」
「いえ、意外と繊細なお方なのだと」
 言葉をすり替えると彼はおどけました。
「見るからにそうだろう」

 そうだろうかと首を傾げつつも、シンデレラは言いました。

「・・・私はずっと期待されずに生きてきました。両親からすらされなかった。この名に象徴されるように、です。フィオナの名の由来、できるだけ意味をなくすよう私の両親は選んだと言ったことがあります」

 両親が亡くなる少し前、彼女に強く刻まれた言葉は、あまり優しいものではありません。

「ほう?いい響き、だがな」
「ありがとうございます。
…そう、あるいは子に期待をかけて重荷になるとよくないからと考えてのことなのかもしれませんが、両親に『今までお前に期待をしたことはない』と言われたときはなかなか衝撃的でした。私としては、私を信じてくれなかったのか、祈りをこめた名でもいいから何か望んで欲しかったと彼らを憎みましたけれど、今思えば、ないものねだりだったのかもしれませんね」

 過度な期待をかけられて身を滅ぼすものもたくさんいます。そう考えれば自分はやはりお気楽なものかもな、とシンデレラは思いました。

「・・・俺も、そうかもな。ないものねだり、まあ、そんなものかもしれない。隣の芝は青く見える。人は我侭なものだ」
「そうですね」

 どちらともなく苦笑しあってから、シンデレラははっとすると頬にかかったままの手を払いました。

「そんなことよりどういうおつもりです、私を気に入ったなど戯言を」
「戯言ではない。妻になる気は?」

 告白などあっさり飛ばして、后にならないかと誘う青年にシンデレラは呆れました。

「出会ったその日に求婚とは何を考えていらっしゃるんですか。先ほどから申し上げていますが私は后足りえません」
「何を考えているとは随分な言い草だ。今宵は后選びの宴だぞ?なんなら后でなくても構わない。貴女がそれを望まないなら」
「…愛人になれと?冗談ですよね?」
「いや?」

 真っ直ぐに自分を見る青い目を見る限り恐ろしいことに冗談でなく本気のようでしたが、シンデレラは首を振りました。

「お断りします」
「それほど、嫌か?」
「嫌と言うか無理なのです」
「なぜ?」

 シンデレラは答えに窮しました。

本当を言うなら、実は魔法使いは、伴侶も持たなければ子を為すこともしません。『人』と違う者になることを目指す『魔法使い』という存在にとってそれが古からの掟。彼女の師は悪戯に、彼女が女性であることを秘めさせたわけではなかったのです。恋をしようとも、彼女の国での恋愛の帰結として求められる結婚やらがどうせできないものであったから、面倒を避けるためにもそうさせたに過ぎません。けれどそれらを言うわけにも・・・


シンデ――レラ…


「え?」
 ふと、唐突に何かに強く呼ばれた気がしてシンデレラは顔を上げました。

シンデレラシンデレラシンデレラ!!

 確かに聞こえる、間違いなく自分を呼ぶ声。なぜかいてもたってもいられなくなり、シンデレラは立ち上がりました。

「どうした?」
「・・・っ!申し訳ありませんが、所用を思い出したので退出させていだたきます。ロイに、ごめんなさいと、伝えてください」

 所要の如何をとう間すら与えず目の前を脱兎の勢いで去った、というより淑女の振る舞いにあるまじくテラスを跨いで走り去ったシンデレラに取り残された男はぽつり。

「逃げられたか」

と少々残念そうに呟きました。


Copyright (c) 2009 honegai All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-