シンデレラ風パロディ

15

15.

「ナンテス」

人だかりを器用にすり抜けるようにして、なぜか厨房であちらこちらへ指示を飛ばして働いている弟を、ロイ王子は呼びました。ロイ王子に気がつくと、彼の弟はすぐさま彼の元へやって来ました。

「兄上。すいません、こちらから足を向けるべきところをお呼び出ししてしまって」
「構わないよ。忙しかったんだろう?すまないね、お前に頼ってばかりいる」
「いえ、好きでしていることですから…ところで、父上が、我々に娶るよう望んでいたらしい人物についてですが」

 喧騒のさなか、耳を済ませる人間も居ないでしょうが自然と声を潜める弟に、ロイ王子は静かに続きを促しました。

「その女性が誰かわかったなら話は早い。その人と、ヴィー兄さんを出会わせたらいいだけだから。兄さんはともかく、女性の方には申し訳ないけれど后となることを納得してもらうしかないね。それで、今夜この場には彼女はいる?」
「いえ。そのお相手、最早この城にはいないと思います。というか、逃げた、といいますか」
「逃げた?」

 この城から逃げ出した、とは穏やかではありません。一体何があったというのでしょう。

「…父があんなことを言い出した時期に特別に誰かとの出会いがあったか、洗い出してみたんです。結果、該当する人間はたった一人しかいなかった」
「誰?」
「…シンデレラ」

 その名に、ロイ王子は一瞬黙り込みました。

「まさか」
「そう。私だって否定しましたよ。だって『彼』ですからね。でも、他に考えられない。あまりに符合するんですよ。父があんなことを言い出したまさにその日、庶民にして異例にも城の侍従、しかも王子付として配属された奇異な人間。そんな人物よりも王の歓心を買った人間なんてどうしても見当たらなかった。
 そう、確かにシンデレラは侍従の格好をしていましたけれど、女に見えないかといわれて考えたならまあ見えないこともない。中性的な顔立ちですしね。働き振りからあまり気にしませんでしたけれど思えば男にしてはあまりに線が細かったですし」

「そう、だね。なんで、もっと早く気付かなかったかな、本当に」

 少々力なく、呟いたロイ王子に、仮にも幼馴染であったらしいのにシンデレラが男性と思っていて衝撃を受けたのだろうとかわいそうに思いましたがナンテスは言葉を続けました。

「ということで、シンデレラを探し出さないと…まったく、こんな宴をした末に后が決まらないなんて冗談にもなりませんね。父上も何を考えているんだか」
「いや、探す必要はないよ」
 穏やかに、ロイ王子は首を振りました。
「え?どういう、」
「ねえ、ナンテス」
「なんでしょう」

「僕が、王になりたいと言ったら?」

 俯いているために、目元が陰になったロイ王子の表情がはっきりと読めなくて、けれどその分その声の冗談ですまない響きに気づかされナンテス王子は顔を顰めました。

「…本気、ですか」
「そうかもしれないね?」

 顔を上げたロイ王子の目は、悪戯っ気がある笑みをのせていましたが、冗談だよ、とロイ王子が口にする直前にナンテス王子は言いました。

「…いいんじゃないですか」
 
「え?」
「だってそうでしょう。別段、ヴィエロア兄上は王位に就くことにさほど積極的なわけでない。逆も然りですけれど。だからと言ってはなんですが、もし王にどうしてもなりたいというならそんな人間がなったほうがいいんです。父があんなことを言い出したのも、幸い家の兄弟は誰であれ王たり得ないほど無能というわけではないからでしょうし。まあ、相変わらず私には全く興味がない地位ですけれど」

 目を丸くしている兄にナンテス王子は微笑みました。

「あなたがもし王になるというなら私は勿論協力を惜しみませんよ」
「…あれだけ根回ししたのにいまさら、とか言わないんだね」
「まあ、政争は面倒そうですけどね。それも踏まえて、覚悟があるのなら」
「…ありがとう」

 ロイ王子の浮かべる心からの笑顔に、一瞬見蕩れながらも、ナンテス王子は答えました。

「…いえ。動機が少々不純らしい点は気になりますけど、ね。兄上、この城にもし今シンデレラがいると仰るならば、うかうかしているともう一人の兄にうっかり捕まっちゃいますよ?どうやら彼女、あの人のお気に入りだったようですし」
「は?」
「ヴィエロア兄上、シンデレラが侍従を辞めて城から出ていこうというのをなぜか予め知っていてしかもわざわざ阻止しようと頼んできたんですよ…あ、兄上、この厨房の床は滑りやすいので」

 走らない方がいいと思います、という言葉をナンテス王子が言うころには、ロイ王子の姿は厨房から消えていました。


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