シンデレラ風パロディ

16

16.

シンデレラ…シンデレ、ラ、シンデレラ…

途切れることなく自分を呼ぶ声に導かれて、馨しく香る花園をいくつか抜け、気付けば広大な庭の一角に広がる森へとシンデレラは足を踏み入れていました。道などないのに、足はどこか一点を目指して自然と歩いていきます。

シンデレ、ラァ、シ――ンデレラ、シン…デ、レラ…

 自分の足音すらやわらかい土へと呑み込まれていく静寂の中、唯一響く声は、時に哀切を帯び、媚を、狂気を、悦びを、無邪気を、さまざまに帯びました。共通しているのは、ともかく彼女を切に求めていること。魔法使いとして育てられた勘は、呼ぶ声の元に行かない方がいいと言っていました。しかし、操られでもしているように、彼女を求めて呼ぶ声に逆らうことができないのです。

 やがて、シンデレラは開けた場所に辿りつきました。不思議とそこに踏み込んだ途端、忙しなかった呼び声がぴたりと収まりました。

 綺麗な円を描いたその場所にあったものは、透明な泉と、その只中に静かに立つ、一本の白い小さな木。その木の、ペリドットのように不思議に透き通る黄緑の葉がきらりきらりと月の光を反射して輝きました。



「…あなたか?呼んでいたのは」

 彼女が意を決して尋ねても、木は黙したまま。

 あまり気が長い方ではないシンデレラは、とりあえず近づいてみようとせっかくのドレスが少し濡れるのも構わず泉に足を踏み入れようとしましたが、突然に腕を引かれて後方にのけぞることとなりました。

「ここは聖域だから危ないよ、って、おやシンデレラさん」

 振り返ると、思いがけない人が立っていました。

「あんたは、」
「ええ、国王です。その節はどうもありがとうございました」

 ロイ王子やヴィエロア王子と血が繋がっているのに深く頷ける、けれど成人した子どもを三人も抱えているとはとても思えない、女王と同じく年齢不詳の若々しく美しいその男はシンデレラに向かって微笑むと一礼しました。

「うん、君は女装も似合うね」
「…どうも」

 にこにこと仰る言葉はなかなか答えに詰まる言葉です。それにしても、シンデレラが初めて王様と出会った時は酔っ払って道中で倒れていたこともあり、どこか彼には抜けているような印象があるのに、その目は見た相手を見透かして全て知ってしまいそうな力があるなと彼女は思いました。
 今も、シンデレラは自分が魔女であることを、ひょっとしてこの王様はご存知なのではないのか、とふと考えてしまうほどに。

そもそもおかしな話ではないですか、自分の城で今頃せっせと働いているはずの男が、なぜだか綺麗な女物の服で着飾って、しかも聖域とやらに踏み込んでいこうとしていたのに『女装も似合う』などと的外れな言葉を寄越すとは。けれどなぜだか相手がこの泰然とした王様だと、なんだかそういったことを考え込んでしまうことの方が馬鹿らしく思えてしまうから不思議です。

「名を呼ばれたの?」

 そんな王様だから、彼のその問いに素直にシンデレラは頷きました。すると王様は、苦笑しました。

「そう、か。やっぱり僕の目に間違いはなかったわけだけど…困ったなあ、やっぱりあんまり時間がないみたいだ」
「時間が、ない?」
「ああ。…僕の話を、聞いてくれるかい?シンデレラ」
「叶うなら聞きたくないな」
「そうか、ありがとう。ちょっと長い話になるけれど」

 シンデレラははっきり断ったのに、王様は構わず語り始めました。


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