シンデレラ風パロディ
17
17.
『この国は、この世界は、一本の木に支えられていました。
真っ白でちっぽけで、折れてしまいそうなその木は、一本一本は細くともたくましい根をまるで網を敷くようにあまねく地中深く、世界の果てから反対側の果てまで張って、この世界の形を保っておりました。
木と言っても、その木を成り立たせるのは空気や大地からの栄養でなく、生き物の持つさまざまな『力』でした。100年に一度、木は力を欲しました。
精霊のまだいた遠い昔には、その木に力を捧げたのは精霊でした。けれど『木守』をしていた精霊はいつしか滅び、その役割を継いだのは人間でした。世界の中心たる木を生かすのは力のある人々に限られ、その人々とは魔法使いの素質のある、いわゆる魔力のある人種でした。彼らの中でもとりわけ力の強いものが、その木を守る役割を代々継ぎ、次第に一族は民に崇められ、やがて王族となりました。しかし時が経つにつれて木を守るために木の存在は隠匿され、古代の王族の強大な力によって人々の記憶は封をされ、やがて泡沫の幻のように世界を支える木と王の本当の役割は人々から忘れ去られていくのでした。ただ、王になる者を、除いて…』
「というわけなんだよ」
「この木が世界を支えている、と?」
「そう。まあなんなら、引っ張ってみてもいいかもしれない。どう頑張っても抜けないから。あ、燃やそうとしても、折ろうとしてもなぜか駄目なんだよね」
「…まさか試したのか?」
にこやかにシンデレラの言葉を無視して王様は続けました。
「今から話すのは、僕と妻の話なんだけど…」
『さて、世界は豊かで争うことを知りませんでした。そうやって平和に、王家も長く代を重ねた頃のことです。
子どもがなかなか授からずにいた中で、ようやく生まれた一人のお姫様がおりました。当然人々の喜びも一入で、周囲が盛大にお祝いをする中で、一番嬉しいはずの王様とお后様は浮かぬ顔をしていました。
なんと玉のような愛らしいその姫君は魔力を持っていなかったのです。
それは、初めてのことでした。木守の血を継いだ王族の直系の子孫はそれまで必ず力を継いでいたのです。
王には生憎兄弟もいなければ、父の世代も最早皆亡き者となっておりました。
王様は困りました。もう、后と王の年齢から考えて次の子も望めません。
力ある魔法使いであればその役割を負うこともできましたが、木に力を捧げるということは、自ら使う力を失う、ということでもあります。それほど多くの力を、木は吸収してしまうのです。
現代、魔法使いという人種は随分数を減らしていました。しかも力が強いものほど自らが『魔法使いである』ことに強く誇りを持っています。そうでなくなるとき死を選ぶような変わり者ばかりでしたから、世界を救うためであっても彼らに木に力を捧げて魔法使いをやめろというのは土台無理な相談です。ならば、余程力の強い、けれど魔法使いでない人間を見つけ出して、連れて来るしかありません。しかし果たしてそんな人間がいるかというと、たいそう希少な存在に違いないのです。そこで国一番の魔法使いに、王様は頼みました。彼なら、強い魔力をもった唯人を探し出してくれるかもしれない、と…』
「そうして幸運にも見つけ出された若者は、お姫様と互いに一目ぼれして、あっさり木に力を捧げることをお姫様との結婚を条件に承諾しました、と」
「めでたしめでたし、と」
「だったら良かったんだけどね。息子達にはもう、会ったかな」
「…ええ」
シンデレラは望まずして全員と顔を合わせました。そして分かったことがあります。
「彼らには、力はほとんどありませんね」
「そう。どういうわけか、全員そう」
通常、片親が力を持っているなら魔力は遺伝するものです。
「それでも、僕らの代が力を捧げたから、本当は大丈夫なはずだった。木が力を求めるのは、100年に一度。木に捧げるほどでなくてもそこそこ魔力がある相手を探して、次に木が力を欲するまでに段々魔力を高めていけばいい話だった。でも、木は今代の木守である僕に最近盛んに言うようになった、力が足りないってね。このままでは世界を支える木は枯れ、大地は崩れ落ちる―――世界が滅びる」
王様は悲しげな顔をしました。
「嘘」
「…本当、だよ。多分、元から木守として生まれたのでない僕じゃいくらか力不足だったんだろう。シオンは多分ぎりぎり大丈夫、って言ってたんだけどな」
「シオンって…」
「そう、君の師匠。例の国一の魔法使いだよ、彼は。僕と妻にとってはキューピッド、この国にとっては守護神、そして僕個人としては恐れ多くも友人といえるかな?
…悪いけど君のことは出会ったときからシオンの弟子ってわかってた。昔、シオンの様子がおかしいので問い詰めて、口を硬く閉ざしてるところを無理に聞き出したら弟子をとったって言うじゃないか。彼が弟子を取るなんてどんな子だろうと根掘り葉掘り聞いてたからすぐ分かった。まさか男装してる女の子とは思わなかったけどね。でも何より君の溢れんばかりの力を見て間違いない、と思った。そうだ、これだ。どこかに魔力のある手ごろな人間は居ないものかと思い悩んでいた僕はそう思ったわけ」
シンデレラはすらすら話す王様を前に、唖然としました。
「これだ、じゃありませんよ、まったく」
「…爺さん!?」
唐突にその場に現れた彼女の師は、鷹揚に髭を撫でました。相変わらず馬車の御者の格好をしている師を、シンデレラは今までどこで話を聞いていたのだろうと思いながら見つめました。
「この男は相変わらず良く喋る。シンデレラ、私が眠ってしまってから今までの騒動の元凶がなんであるか今まで以上によく分かったでしょう。親切に付け込んだ作為です。引っかかったお前も悪いがこの男が相手なら仕方ないでしょう。相手が国王と遠慮することはない、思うまま罵るなら今です」
「ひどいな。もし万一、シオンが弟子に取ろうと思うような女の子がいたら息子の嫁に紹介してくれると言っていたのに嘘をついたのはシオンじゃないか。大方ばれたのが後ろめたくて、后選びにこの子を出したんじゃない?」
「なんのことですかな?」
とぼける師を前に。
「今まで一応私を隠してたって事は意外と爺さん、弟子想いだったんだな…」
と、シンデレラが思わず呟いたのもむべなるかな。もし、この老人の下に弟子入りしようとした矢先それが叶わず、しかもいきなり王子様相手に結婚を考えてみないかなどと言われたら。あいにく乙女の夢想と無縁のシンデレラとしてはさっさとその場から逃げ出す自分がたやすく想像できました。
「ねえシンデレラ、妻に惚れた僕みたいに、僕の息子達に惚れたりしなかった?自分で言うのもなんだけど、将来性と経済力と顔と頭の出来は保障するよ?ただそれを条件に木に君の力を捧げて欲しいわけだけど」
「…まあ、考える時間は与えました。どうするか選ぶのはシンデレラの自由でしょう。どうでしたかな、シンデレラ。多分もう二度とない玉の輿の好機ですが」
確かに、王子達は魅力的な人物でしょう。
しかし。
自分を落ち着いた目で眺める老人も、王様も、多分答えを知っているとシンデレラは思いました。
「…せっかくのお話だがお断りする。私はもとより王妃でなく魔法使いになることを望んできたから。…でも」
シンデレラは数歩離れたところに佇む木を見つめました。目の前の王様が、捧げた力を不足とし、先ほど確かに自分を呼んだ木。呼ぶ声がなくなっても、吸い寄せられるように自分を引き込もうとするなんらかの力は、未だにずっと働いていました。
「私に今一番望まれていることは、あの木を生かすことだろう。それに関しては善処しよう」
「シンデレラ…お前は、確かに力が強い。その力で以って足りないということはないでしょう。なにより一度この王が力を注いだ不足分を補うだけのはずですし。しかし下手すれば全てを失うかもしれない。私は一度目測を誤りましたから」
それでもやりますか、と問う師に、シンデレラは首を傾げました。
「さあ、いきなり救国の士になれといわれても実感が湧かないな。一つ話をあの木本人から聞いてからにするさ。ここで私の力が尽きるなら命運と思って諦める。万一力尽きたそのときは家政婦としてでも雇ってくれ、師匠」
「そのときは責任を取って城で雇ってあげるよ?何ならお嫁さんでも」
「だからそれは別のお方に頼んでくれ。これが無事済めば、百年は安泰が見込めるんだろう?・・・あの王妃様はどうやら、力はなくとも魔力を見る目はあるらしいじゃないか。今宵の宴を見る限り魔力のあるなしで后候補を選んでいたようだし、宴に招かれたあの中の誰かを王子様方が娶ればいいじゃないか」
王様は目を丸くしました。
「おや、鋭い」
「これでも魔法使いの弟子だからな。…では私は行くよ」
白い木を目指していくシンデレラが、やがて木の元にたどり着き、その樹皮に触れて姿を消した後。
「誰が国一の魔法使いで、師ですって?法螺を吹くのも大概にしてくださいますかな」
「僕が力をなくした今、国一番の魔法使いは君だろう?冗談は一つ二つ、僕にしては少ない方だ」
「…変わり者の魔法使いの中でもさらに変り種。救国の人間を探すべく前王に依頼された張本人、お姫様に惚れたばっかりに、国に大嘘をついて果てには弟子を巻き込み、姿を変えてここにいる、なんてことをやらかした人間にしてはまあ、嘘一つは少ない方ですか」
「だろう。・・・僕だってあの頃にも下らない嘘をつくつもりはなかったんだよ?
でもしょうがないじゃない、妻のご両親ときたら魔法使いは変わり者が多いからよしてくれってそう、魔法使いの僕に向かって仰るくらいの面の皮の厚さだったんだからつい対抗したくなっちゃっただけ。けれど愛しき妻は全てを知っているし、僕は惚れた相手には誠実そのもの。そうそう、僕の息子達も僕に似て、」
「ではシンデレラはやはり、嫁には出せませんな」
「シオンは相変わらずひどいなあ。そもそも、あの子はなんで魔法使いとなることにああもこだわるのかな?あんなに魅力的な僕の息子たちを仮にも夫にできる機会だというのにあっさり蹴ってしまうし。息子達もまんざらでもないようなのに」
「・・・さて。あるいは勘付いているのかもしれませんな。そこらの人間が持つ魔力を1とすれば我が弟子は1000、あなたの后と同じくして王子たちも魔力を感じ取ることができるとしたら単に強すぎるそれに彼らは惹かれているに過ぎないかもしれない、とね」
「・・・なるほど?」
「まあ、普通の魔法使い志願者は色恋一つで心を動かさないものですがね」
「僕に何か言いたいみたいだね?ああ、恋に狂う異常者で結構だとも。でも君も僕の昔の姿をいつまでもとり続けるのは止めて、恋をしてみたらそんなことはいえないと思うけどね」
「私は恩師のために、世界の安寧のためにこの姿をとっているのに」
「実は気に入ってるんでしょう?この僕が考案した魔法使いらしい老人」
などといった会話が交わされていようとはシンデレラは露知らず、でした。
「しかしあなたの力で不足があったとは」
御者姿の魔法使いは、やれやれと首を振りました。
「木はそう言っていた。…いっそ君のその力を使えたらいいけど、出来うる限り国防のためにそれを失うわけには行かないし。もう時間がなかったんだ。なんでも、彼女が言うにはね…」
続いた王の言葉に、魔法使いは目を見開いて言いました。
「それではかなりの確率でシンデレラの全ての力を木は欲していることになるのでは」
「そうなんだよね」
「なんで黙っていたんですか」
「君が止めるだろうからさ。…まあ、そんなわけで彼女が断ったとしてもしょうがないかな」
「…断れませんな」
「え?」
「あの子は、魔法使いになれなくなるとしてもきっとその力を捧げてしまう」
「…それは。随分変わった、魔法使いの見習いだね。そもそもさっきもいきなりの要求に憤慨するかと思ったら、わざわざ木に話を聞きにいくって言うから変わっているなと思ったけれど」
魔法使いになろうとするもの、魔法使いであるものはそうあることに固執するもの。大概のものを犠牲にしても、見捨てても、貪欲に自己本位に生きる者。自身の力を他者のために用いるなど本来なら論外。
「…目指すものの問題です」
「なるほど、君の弟子だね」
王様は微笑みました。
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