シンデレラ風パロディ

18

18.

 シンデレラは透明の空間を漂っていました。
「木の中か?」
 水の中を埋もれるようにしていると、彼女は自身の力が自然と抜けていくのが分かりました。始めは、ゆっくりと。次第に全て持っていこうとするかのように、力が引きずり出されていくのに伴い、シンデレラは気を失ってしまいました。


 夢を見ました。

 夜半、幼いシンデレラが熱気と悲鳴に目を覚ますと、孤児院中に火が廻っていて、ロイを助けた時のあの男達が刃を持って自分に差し迫っていました。咄嗟に逃げようとして走り出し、しかし脆く倒壊した天井のために出口をふさがれて死を前に絶望している時のことです。颯爽と現れて圧倒的な魔法で火を消し止めて男達を伸してしまった魔法使いの姿が、どれほど大きなものに思えたことか。救世の英雄を夢見る少年のように、その魔法使いに、活発で夢見がちであった少女は憧れました。ああなりたい、と。


 透明の空間にて随分経ったでしょうか。

 やがて声がしました。

『ごめんね。あなたの力が欲しかったの、シンデレラ。離れていても感じられたの、あなたのその力強く脈打つ力が。だから呼んだ』

 疲労感の中シンデレラが目を覚ますと、そこには一人の乙女の姿があります。すべらかな白い肌、白い髪、そしてあの葉と同じ黄緑の目。そして・・・

 膨らんだ、胎。

「…それ」
『私の子。精霊がいなくなってから初めての世代交代なの。いまや世界は枯渇していく一方で、私の力はとても弱い。だから、生み出す力が足りなかった…焦っていたの、もうすぐ生まれるというのに何もできないんだもの』
「あなたは、あの白い木か」
『人はそう呼ぶ。そう見ている』
「なら本当は違うのか?…よく分からないな。あなたの名前は?」
『私に名前はないわ』
「そっか」
『シンデレラ』
「うん?」

『お願い、あなたの力を全部頂戴。私はこの子を生みたい』

 爛々と、白い肌と白い髪の中で唯一色を持った燃えるような新緑を滾らせて、美しい女性は言いました。

 全部。まさか全部とは。
 シンデレラは唖然としました。彼女の師はどうやら目測を誤ったようです…しかし下手をすれば、と彼は確か言っていましたか。この場合、頷くと下手をうったことになるわけで。

『まだ、足りないの。この国で今一番魔力を持つあなたにしかできない。ひどい利己的な願いと分かっている。代わりに何かあなたの願いをかなえてあげようと思ったけれど…あなたが魔法使いになりたいって願いをさっき知って、それはできない』

 シンデレラの夢を、木は覗いていたらしいのです。魔法使いになるには魔力が必要。でも、木の願いをかなえるにも、シンデレラの魔力は必要らしいのです。それも、全部。

『それでも、どうか、お願いします。あなたの力をください。この子を、死なせたくないの』

 ふかぶか下げられた真っ白の頭。

 はあ、と一つ溜息をついた後、シンデレラは苦笑して見せました。

「いいよ、力をやる。私の願い事の方は、あんたに叶えて貰うことはない」

『え?』

 顔を上げた女性の、見開かれた新緑の目はとても鮮やかで綺麗だな、とシンデレラは思いました。強い、母の目。

「正直、さ。私が力をやらないと世界は滅びるとかあんたに脅迫されたなら私は断ったかもしれない。話があんまり大きすぎてよく分からない、確認しようもないことだから。でも、あんたに子どもがいて、それを産みたいから力を貸してくれって『頼み事』言うならわかりやすい。世界のためより、一人のためとあんたは言う、まあそれも一種の脅迫かもしれないが」

 それでも。

「まあ、いい。私がなりたかった魔法使いは、人間は、目の前の救える命を救う人間だ。魔法使いの力は無尽蔵ではない、目的を果たすため一生で限られたその力を使うのが思ったより早まっただけという話。この力、差し上げよう」
『…あり、がとう』
「どういたしまして」

 そっとシンデレラに近づいてきて、手を伸ばす女性にシンデレラは手を差し伸べました。手を繋ぎあって、ふと思い立ったようにシンデレラは言いました。

「そうだ、やっぱり一つだけ願い事をしていいか」
 その言葉に、美しい女性は嬉しそうに微笑みました。
『勿論よ。私にできることなら』
「その子の名付け親になりたい…駄目、かな」
『…いいえ。お願いします。なんて名前?』

「…スペランツァ」

 再び力を持っていかれる感触がして少しずつ意識を遠のかせながら、一つの願いを込めてシンデレラは呟きました。呼ばれる名もなく世界を支えてきた女性を継ぐ存在が、今度は誰かに愛されるように、と。

 スペランツァ、緑の瞳の女性はそっと呟きました。

『いい名前。…娘に名をありがとう』

 あなたが無事に帰れるように、その濡れた靴の代わりをお礼に差し上げる。
 どんどんと薄れ行く意識の中、囁くようなそんな声が、聞こえたような、聞こえなかったような気がしました。


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