シンデレラ風パロディ
19
19.
途中で幾人もの后候補の女性達に捕まりそうになりながらも、ロイ王子はなんとかフィーと別れたテラスの扉まで辿り着きました。
・・・けれど音高く開いたその扉の先には、誰もいませんでした。彼は後ろ手に扉を閉め、ずるりと扉を伝うようにして座り込みます。静寂に、遠く楽と喧騒の交じり合う潮騒のような音とナイチンゲールの声だけが響いていました。
彼が来るのは遅かったのでしょうか。一応はロイ王子は兄に牽制の言葉をかけてはいましたが、彼なら気に入った女性を相手にした場合人の言葉など歯牙にもかけずどこかへ連れ込んでしまうことも十分考えられます。このような宴の席でさえ・・・いや、ある意味だからこそ、ありえるのです。ヴィエロア王子は、群がる人々にそつなく楽しげに応対しているように見えて、ひどく億劫に思っている節がありますから。
不意に訪れた落胆と共にロイ王子は体から力を抜きました。急に汗が彼の美しい額を流れます。慌ててきたせいで息が珍しくあがっていました。フィーは、どこにいるだろうと彼は考えました。彼女のことだから、ヴィエロア王子の思うままになっているとは彼には思えません。けれどそう思ってみても、二人が並んでいる様を心に浮かべると彼の胸は不快にざわめきました。
落ち着こう。
ロイ王子が深呼吸していると、ざ、という衣擦れの音と近くで動くものがあって思わず彼は身を引きます。
「驚かせたか?すまないな、ロイ」
落ちてくる声に見上げると、しなやかな長身の男が、結った黒髪を靡かせてにやりとこちらを見下ろしていました。どうやら彼が一人であることにすこし安堵を覚えつつも、驚かされた不機嫌にロイ王子は冷たく笑い返しました。
「・・・もとよりそのつもりで身を隠していたのでしょう。趣味が悪い」
「いやいや意中の人にどこへやら逃げられて傷心のあまり我が影が薄くなっていただけのことさ」
「へえ?」
確かにここにフィーはいないようです。しかし彼はその言葉に眉を上げて第一王子たる兄を見上げました。
「なんだ、やけに機嫌が悪いな。一応俺はお前の言いつけを守って『ここで大人しくしてい』ただろう」
「どうでしょう?まず大人しく振舞っていたなら何故逃げられたという表現になるのか、しかも女性をこの夜中に一人行方の知れない状態に置くとはどういう了見です」
しかも彼女を意中の人などと形容するとは。
こちらの気を知ってか知らずか、
「嫌がる女性をあまり無理強いするのは俺の趣味じゃないし、彼女は一人歩きを心配するほどの人間でもなかろうよ。なにせこの王宮で男装して働いていたかと思えばこんな宴に今度はドレス姿で現れるような突拍子もない人間だからな、かのシンデレラ嬢は」
「・・・やはり知って」
「ああ。俺が女性を見間違えるはずがないだろう?
・・・そうそう、俺は以前お前に彼女のことを尋ね、そしてお前は答えたな、彼女はお前の女ではないと。ならば俺が彼女をきさきとして選ぼうと何の支障もない、違うか?」
声こそ軽い調子でしたが、ヴィエロア王子の深い青の目が本気の色を帯びているのを見て、ロイ王子は、
「駄目だ」
と思わず答えていました。水色の瞳が色濃い感情を映しているのを眺めながら、ヴィエロア王子は楽しげに笑いました。
「なにが、だ?なぜ?」
「僕は、彼女を」
ロイ王子が何かを言おうと立ち上がってヴィエロア王子と睨み合ったそのときでした。
世界が真っ白に染まったのは。
それが屋内であろうと野外であろうと、等しくやけに白い世界の中で、全ては輪郭だけでもってそこにあるようでした。あまりに強い光の中で、誰しもが言葉を失いなにが起きたのかと呆然としていました。
やがて、どこか世界の終わりと始まりを感じさせるように、足元の大地がただ一度強く大きく脈打つのを感じた途端、人々は泣いていました。それは不思議な感情のためでした。とても悲しいような、でもひどく嬉しいような。
皆が感じていたのです。
かの世界を支える木のことを多くの人がもう忘れてしまっていてもなお、今、大きな存在が去って、新しい命が生まれたことを。
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