シンデレラ風パロディ
20
20.
「さようなら、か。でも、おめでとうかな、スペランツァ」
木を中心にして光が収まっていく中で、いつの間にやら木の根元に帰ってきていたシンデレラは、以前よりもどこかみずみずしさを感じさせる光を帯びて佇む木にそっと触れて呟きました。
「これから私は、どうしようかなあ」
もう魔法使いにはなれません。
彼女の体の中にあった大きな力がいまや一滴すら残らずこの白く輝く美しい木へと注がれてしまったことを示すように、シンデレラは空っぽな自分を感じていました。なにせ長い間彼女の中に大きな力は自明のものとして脈打っていたのです。それがもう無いことにどこか物寂しいものを感じながらも、この足元に張り巡らされているだろうスペランツァにそれが宿っていることを考えれば変わらず傍にあるのも同じかもしれない、とシンデレラは考えました。
「とりあえず、帰るか」
よいしょ、と老人のようによろよろ立ち上がると、ふと透明な靴を履いているのに彼女は気がつきました。彼女の師の魔法で履かせられた靴はたしか泉を渡ってここに来る途中でぐしょぐしょに濡れてしまったはずですが、今彼女の足を覆うのはそれとは全く異なるとてもシンプルで、繊細な靴です。
「・・・硝子でできてるのか?」
下手に転んでしまえばあっさり砕けそうなその靴に半ば戦々恐々としながら彼女はそっと立ち上がりました。
「シンデレラ」
静かにかけられた声に顔を上げると、泉の向こうで彼女の師が相変わらずにこにこ笑っている王様の隣で心配そうにこちらを見ていました。
「ああ、爺さん。ただいま」
「・・・おかえり。すまない、お前をきちんと止めていればよかったですかな」
彼女の師は、なにが起きたのか全て知っているのでしょう。なにせ彼女の師ですから。残念ながら、今回は何が起こるのかまでは知りえなかったようですが。
「いいよ。いや、よくないな」
「分かった、今度のことは全て私の責任だ。だから我が息子が違いなくあなたを幸せにするようにきちんと見届けよう」
即座に頷きながら何か言っている王様を無視してシンデレラは彼女の師を見つめました。
「力をなくして非常に私は今困っている。だから住み込みで、薬草の煎じ方を引き続き教えてくれるか、爺さん」
「・・・なるほど。いいでしょう」
「・・・ありがとう」
「家のことは全てよろしく頼みます。朝は6時起床、夜は12時就寝。給料は出しませんからな」
「はいはい了解。んじゃ、いろいろ終わったし帰るか」
苦笑しながら泉に踏み出したシンデレラは驚きました。
「・・・この靴、水の上を歩けるんだな」
スペランツァの母親は、シンデレラになかなか親切な贈り物をくれたようです。これならドレスの裾を大げさに抱える必要はありません。
「それは?」
「貰った」
「なるほど、なかなかいい靴です。そんな機能まであっては、高く売れそうですな」
「爺さん・・・」
シンデレラは溜息をつきます。彼女の師はその気になればなんでも手に入れられる割には金目のものに目がないところがありました。
「シンデレラ?」
「フィー!どうしてこんなところに」
「げ」
泉を抜けて声に顔を向けると、森を抜けてこちらに駆け寄って来る二人の王子の姿を認めて、シンデレラは顔を引きつらせました。一方で、彼女の師は近づいてくる王子たちの様子を見て微笑しました。
「・・・私は先に帰ります。シンデレラ、12時までにこの城を出て家に向かわないようであれば、先ほどの話はなかったことにしますから」
「ちょっと待っ・・・ああ、爺さん!?」
森に扉を作ってその向こうに消えるように姿を消そうとする師を追おうとして、歩き出そうとしたシンデレラの手はがしりと誰かに捕まれました。
「まあ、せめて息子達に別れの挨拶ぐらいしてあげて?彼らの君を見付けた時の、あの目の輝きようを見なかったというのかい」
「いや、そんなことは別になかったと思うけど・・・」
「シンデレラ、今回はすまなかった。ちゃんと君の気に入るようなお礼はシオンの元に届けるから、もう一つだけお願いを聞いて」
見蕩れるような笑みを浮かべてシンデレラに囁くと、彼女の手を放して王様もまたどこへやら歩き出しました。
その間にヴィエロア王子とロイ王子はシンデレラの傍まで来ていました。
「大丈夫?父に何かされなかった?」
「あの老人は魔法使いか?ここでなにがあった。先ほどの光はなんだ?」
二人の質問を受けてシンデレラは頭を抱えました。この様子だと、彼らは木のことを知らないのです。王族の務めも、未だ知らないのでしょう。それを彼女が言うわけにもいきません。こうなれば。
「・・・頭が」
「痛むのか?」
「・・・ええ。あなた方は、何者ですか」
「記憶が・・・!?」
「いえ、わたくしの記憶ははっきりしております。ただあなたがたのことは、どなたか存じあげません。随分と高貴な身の上の方のようにお見受けしますが」
にっこりとシンデレラは微笑んで言いました。呆気に取られる二人に向かって、さらに言葉を重ねます。
「申し訳ございませんが、今は何時ですか?」
「え、ええと、12時まであと5分ほど、かな?」
「あら!それならば私は急ぎ帰らなくてはなりませんわ」
どうやら時間がないようです。シンデレラは彼女の師に向かって心の中で舌打ちをしながら、彼女は見事な礼を取りました。
「御機嫌よう」
どうか、お元気で。あんたたちと話せてそこそこ楽しかったよ。
心の中でそう付け足して、身を翻すとドレス姿とは思えない勢いで彼女は身軽に駆け出しました。とっさに二人の王子も彼女を追って駆け出します。
「おい、待て。何で逃げる!?」
「待って、フィー!僕は君に言いたいことがあるんだ」
なんで追いかけてくる!?・・・いや、なんで逃げるのか。
シンデレラはひたすら城門へ向かって必死に駆けました。あの辺りに行けば、シンデレラは今宵城に溢れかえっている女性達に紛れ込むことができるでしょうし、なにより12時までにここを出なくては食い扶持を失うのです。
「くっ・・・」
かかとの高い彼女の靴は、走るには向きません。おそらく聖域に来るまでにも駆けてきたであろう王子たちよりは体力面では有利であっても追いつかれそうになったシンデレラは、苦渋の決断として靴を脱ぎ捨てることにしました。その靴を拾うまもなく走って走って、やがて喧騒の中に辿り着き、それを縫って走り続けて・・・
――――カァン、カーーーーン
「間に、あった?」
ぜえぜえと息をつきながら、シンデレラは12時を告げる鐘の鳴り響く中城門の外で膝に手をついて呼吸を整えました。2人の王子たちは見えません。どうやら、王子様方は城兵に捕まったかお嬢様方に囲まれたか、撒くことができたようです。
「おや、嬢ちゃん、こんな宴の晩にもお仕事かい?」
城下に買い物に行かされた際によく行くお店のおばさんに声をかけられて、彼女ははっとしました。
「え、いや違うけど・・・あれ?」
見下ろせば、彼女の服はドレスではなくて城仕えの格好です。髪の毛も、いつも通りの短いものに変わっていました。
「戻ったんだ・・・」
「どうしたんだい、ぼうっとして」
「いや。あはは、外から見るとやっぱり、城ってでっかいな、と思ってさ」
「そりゃあ、当たり前でしょうが。城内は今夜一段と華やかだろうねえ。まあ、今夜王子様のお嫁さんが決まったら結婚式だ、ますます賑やかになるだろうけど」
結婚式。
いちはやくそれを挙げるのはやはりヴィエロア王子でしょうか、それとも、ロイ王子?
シンデレラは、見上げました。王族が式典の際顔見世をする窓は、ここから見るとひどく遠く、高くにありました。
・・・なんだか、
「あんたも忙しくなるねえ。毎日ご苦労さん」
おばさんの言葉に、物思いから覚めてシンデレラは苦笑しました。
「わたしには、関係ないんだ、もう」
「え?まさか仕事首になっちゃったのかい」
「辞めたんだよ」
「まあ、もったいない」
「本当にね。でも、いいんだ」
シンデレラは不思議そうに首を傾げるおばさんに手を振って歩き出しました。
女装したり、王様やお妃様に会ったり、王子様に求婚されたり、世界を支える木と会話して力を与えたり、王子様に追っかけられたり。実に盛りだくさんな一日でしたが、とにもかくもこの長い一日は終わったのです。
となればすることはただ一つ。
我が家に帰って、眠ること。
すっかり疲れきったシンデレラは、大きなあくびをするのでした。彼女を置いて帰った非情な師は、今頃すっかり夢の中でしょう。
彼女も帰って眠ったならば、今日のことは夢のようなものだったのだと上手く納得できる気がして、シンデレラは家に向かう足を速めました。
Copyright (c) 2009 honegai All rights reserved.
