シンデレラ風パロディ

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4.

「料理長!」
「うわ、殿下!なんですか、またつまみ食いですか」
「ああ。ちょっと夜食作ってくれないか、多めに」
「太りますぜ」
「俺じゃない、こいつにだ」
「はあ!?」

 ヴィーと名乗った男はあれからシンデレラがどうしても抜けられなかった場所をあっさり通り抜けると、シンデレラをわざわざ厨房まで連れて来ました。
 シンデレラは雑用で何度か顔を合わせた気がしなくも無い料理長にぎろりと睨まれましたが、それよりもなんだか聞きたくなかった単語を耳が拾った気がしたために顔を顰めました。

「殿下?こいつが?」

 興味が無かったのでシンデレラは気にかけませんでしたが、よくみれば確かにありきたりな平民の顔より男は整った顔をしているようです。

「こいつとはなんだこのくそガキ!この国の第一王子様に向かってなんて口聞きやがるんだ!!」

 壮年の料理長が激昂しましたが、ヴィーはそれを身振りで抑えると面白そうにシンデレラの言葉に頷きました。

「言わなかったか?」

 聞いた覚えがまったくありません。

 ここに来るまでの会話でこの男を気さくな人間とはシンデレラも思っていました。けれどよく考えてみると、繰り出される質問に答えるばかりで自分の来歴は語ったものの、逆にこの人物が何者であるかという肝心なことを深く問うことが無かったのです。
 そういえばそもそも王子つきの侍従となる予定だったのに、初めて王子を見ることができたのが辞めようという今頃になってとはなかなか笑えない冗談です。しかも第一王子とは。
 侍従の格好をしていなかったので男をどこぞの貴族だろうとは思っていましたが、そんな面倒な立場にある人間に、今からこの城を辞めるというのにシンデレラはわざわざ関わる気はありませんでした。そうと決まれば退散あるのみ。せっかくご馳走を食べられると思っていたのに実に残念です。

「…帰る」
「まあ待て」

 踵を返してずらかろうとしたシンデレラの手は殿下にがしりと掴まれたままでした。シンデレラは忌々しげにその手を見つめます。一体彼女に何の用があるというのでしょう。きっとろくでもないことの予感がしました。

「せっかく会ったのも縁だろう、飯くらい食わせてやる。無礼をしでかした埋め合わせが欲しいんだろう?」

 その末に逆に何を求められるのやら検討も付きません。シンデレラは縦に振ろうと横に振ろうと、それこそ埃くらいしか出せないほどに貧乏ですのに。そこでシンデレラは説得にかかることにしました。

「貴方様のような方にわたくし如きのような者が迷っているところをわざわざ助けていただいてここまで連れ戻していただいたなんてそれだけで十分でございますしかもその御手に触れることが叶うとは何たる僥倖これ以上望むものなどございません」

「表情に心が伴っていないぞ?」

「ちっ!」

 舌打ちの後、仕方なくシンデレラは滅多にしない満面の笑みを浮かべて王に向き直りました。すると一瞬王子の目が細められたようでしたが、シンデレラはそれに気付くことなくさらに頼み込みました。

「手を放していただけませんか、高貴なるお方」
「…断る」

「なんで!?」
「なんででも」

 もとより短気なシンデレラは融通が利かなすぎる第一王子の傲慢な態度にさっさと腹を立てました。

「己はガキか!」
「よく言われる」
「わけが分からん…なんなんだあんた」
「それもよく言われる」
「放せったら放せ」
「いやだ。逃げないと言うなら放してやる」
「逃げない」
「嘘つけ」
「おい」
「まあくれると言うものは大人しくもらっておけ。悪いようにはしないから」

 青年は何が楽しいのかにやりと笑うと再びシンデレラの手を引いて、呆気にとられている料理長に「見てないで飯を作っていつもの部屋にもってこい」と再びご命じになられたあと厨房を後にしました。





「ご馳走さまです」
 結局実に6人前ほどの料理をあっという間に平らげると、シンデレラの心は安らかになりました。もうなんだかいろいろなことがどうでもいい気持ちです。そのたくましい食べっぷりを楽しげに見つめていた王子様は微笑みました。

「よく食べる。俺まで腹が減ってきた」
「ああ、ごめん。あんまりおいしかったからつい全部食べちゃったけど」
「構わない。余程空腹だったのだろう?しかしお前のような侍従を抱えていると城の食費が嵩むな」

 王子様の言葉に、シンデレラは首を傾げます。

「どうせ城から出て行くから問題ないだろう」
「…出て行く?先ほど聞いた話だと、お前は王子つきだろう?王子付きの侍従ほど稼ぎのいい仕事も早々ないだろうに」
「これほどきつい仕事なら高給でないとやってられないとお陰でよく分かったよ。雑用させられるのは構わないけどあんまり体力は無い俺にはこの仕事は向いてない。城下ならまだ楽に稼げるし、分を弁えることは大事だし帰るさ。あんたみたいな気さくな王子様相手なら肩はこらなかったかもしれないから残念だけど」

 王子様はその答えになぜだか眉を寄せました。

「お前は、城下では」
「なに?」

「城下では、女として過ごすのか?」
「げ」
 シンデレラは思わずのけぞりました。
「なんだその反応は」
「…男として過ごすに決まってる。当たり前だろう。俺は細っこいけど男だ」
 シンデレラの額を冷や汗が伝います。
「じゃあ脱げ」
「男の裸なんて面白くないだろうに。変態かあんた。”酒色狂いの第一王子”の名も伊達じゃあないな」

「俺は女にしか欲情しない」
 話をはぐらかそうとするシンデレラにいつの間にやら近づいてきた王様は、ひょいとシンデレラの口元についているソースを長い指で掬うと艶めかしい赤い舌でそれを舐めとりました。

「甘い」

「…それはデザートのソースだから当然だ」
「お前の肌についていたから、だろう?」

 あまりの事態に呆然としていましたが、相手の美しい青い目がぼやけて見えるほどに近くにあることにシンデレラはようやく気が付きました。





 がたん、と。
 シンデレラはあれから目の前にいたヴィーを突き飛ばして、一目散に部屋を飛び出していきました。

 一人残された無類の女好きの第一王子はシンデレラの反応に笑うだけでした。

「たまには毛色の変わった相手も面白い。しかしおかしいな?」

 寝起きに弟の名を呼ぶほどの付き合いがある割にはあまりに少女は初心な様子でした。男装をしているのも本人の嗜好の問題かもしれませんが解せません。

「とりあえず、あれが辞表を出そうが却下するように手を回しておくか」

 シンデレラに目をつけた王子はシンデレラには不幸な決定を下すと、いつもより機嫌が良さそうに彼の仕事に取り掛かるべくその一室を立ち去りました。

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