シンデレラ風パロディ

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「辞表が、受理されないってどういうことでしょうか」
「こちらとしても受け取ってあげたいんだけど、上がねえ」

 ぽりぽり頬を掻いている相手はシンデレラが城に来てすぐ、侍従の職に就くにあたってさまざまな書類を出す際にこまごまと面倒を見てくれた顔馴染みの青年です。
 第一王子がシンデレラに不快なことをしでかしてくれた翌日、シンデレラはさっさとこんなところを出て行くべく早朝から人事も含めて城の事務処理全般を担う部署のトップ、つまり侍従長と女官長のさらに上司である目の前の青年のいる部屋にやって来たのですが…。

「どうしても駄目だっていうんだよね。残念だね」

 相手の青年はちらとも残念に思っていない様子で微笑みました。垂れ目に泣きぼくろのその顔がなんとも憎たらしく思えます。彼のさらに上の存在となると、何者なのかとシンデレラは項垂れました。助けてやった酔いどれの王様の顔が脳裏に浮かびます。

「そんな馬鹿なことがありますか。まさか王令とか言いませんよね?」
「いや、別口だけど。まあ君の場合王様も見逃してくれないんじゃないのかい」
「殺す気ですか」
「なに、生死がかかってるの?」
「結構」
「それは結構。命がけで勤めてくれる人なんて大歓迎だよ」
「そんな歓迎ちっとも嬉しくありません。今にも死にそうなこちらとしては全力でここから逃げ出したいんですが」
「まあ、もうちょっと頑張ってみれば状況も変わるんじゃないの?さっき第一王子に会ったって言ってたじゃない。その縁でこれからは雑用でなく王子つきの仕事もできるかもよ?」
「あの王子に付いたらそれこそ今より仕事量が増えそうです。聞けば脱走癖も女癖も侍従泣かせというじゃないですか」
「やりがいがあるよ、きっと」
「面倒をやりがいと思えるほど楽観的には生きられませんから」

 シンデレラは深々とため息をつきました。

「こうなれば給金を諦めて夜逃げを・・・」

 悲しく思案を始めたその時、軽い音でノックの音が響きました。

「ナンテス、今いいかい?明日のことだけど」

 ノックに続いた声は、滑らかに耳に心地よく低い男の声。

「兄上!ええ、いつ何時であってもあなただけは拒むことはありえません。どうぞお入りください!!」

 シンデレラは唖然と目の前で瞳を輝かせる青年を見つめました。かつてこんなに生き生きした上司たるこの青年を見たことがあったでしょうか。というよりも、自分の存在をすっかり失念している彼の様子に、一応は先客といえど果たしてこの場にこのままいていいものか悩まされます。

「そう?じゃあ失礼するよ」

 そう断って入ってきた人物は、銀の髪をたなびかせ、整った目鼻立ちという言葉では収まらない奇跡的と言っていいほど人離れした優美な姿をしておりました。その人は、満面の笑みで彼を迎える青年に苦笑しながら、ふとシンデレラに目を留めて、次にぴたりと動きを止めました。

「フィー?」

 その声が静かに震えます。一歩一歩、確かめるようにこちらを見つめながら歩んでくる優美な青年にシンデレラは戸惑いを隠せません。

「へ?」
「君は、フィー、でしょう?…生きてたんだね」

 青年のしなやかな白い指が伸びて、シンデレラの頬に触れました。

「ああ、確かにフィーだ。会えるなんて」

 シンデレラの幼名を呼ぶ青年。シンデレラは首を傾げました。

「…誰?」
「…確かに君は小さかったから記憶があいまいかもしれないけれど。忘れられたなんて傷つくよ?」

 水色の瞳が痛ましげに眇められます。空の色を讃えた、その色。ふとシンデレラの中の記憶が呼び起こされました。日頃大人びた様子でいながら、あの日、わんわんと泣いていた薄い青い目の女の子。シンデレラの記憶の中で少女の顔つきはぼやけているけれど、忘れがたいその濡れた水色の目の美しさは確かに今目の前にあるのと同じもので。

「ロイナス?」

 シンデレラが発した言葉に、青年は口の端を上げて満月のような綺麗な笑みを浮かべました。
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