シンデレラ風パロディ
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あの後。ロイナスが男性だったことに衝撃を受けつつ部屋に戻ったシンデレラ。
よろよろとしながらも、彼女は夜逃げの準備を始めました。
こんなところで旧友に会えたのは嬉しかったのですが、なにせ二人は今色々な意味でかけ離れた位置にお互いあることですし、何より彼女は今過労死の危機に立たされています。
こうなれば残る手段は逃げの一手しかないのです。
「シンデレラ、何をしているのかしら?」
そこに響き渡った声にぎくりとシンデレラは身をこわばらせました。侍従に与えられた自分の部屋でシンデレラは先ほどから逃亡のために荷物をまとめていましたが、あいにくやって来た人物は女官長と侍従長。
「あなた昨日の仕事、全部さぼったとはいい度胸よねえ、私驚いてしまったわ。今までまじめに全部済ましてくれていたのに」
「今日は2倍働きますよね?王子付きとして王様の目に留まった優秀なあなたなら勿論、余裕でこなしてくださいますよね」
「まさか逃げようなんてそんなこと」
「考えていませんよね?」
迫り来る2つの笑顔がなんとも恐ろしくてシンデレラは表情を引きつらせました。
侍従と女官の頂点たる二人が一番、今度の王の気まぐれにご立腹であることは知っていました。城に勤めることが両家の子、とりわけ優秀で美しい子に許された特権であり、また王子付きとなると本来厳しい修練と競争に打ち勝つことが大事なのです。それを無視した形でシンデレラが勤めるのをおそらく誰よりもその点では苦心してきただろう侍従と女官の長たる二人が納得するはずもなく、侍従たちや女官たちがシンデレラに周囲の人間が雑務ばかり回したりねちねち貶したりするのを彼らが半ば黙認するのもまあシンデレラとしては分からなくもありませんでした。
何せシンデレラ自身、教養も何もない、庶出の身元も知れない孤児であったのですから、風当たりが強いのは承知ではあったのです。
ただ惜しむらくはシンデレラが自身の体力のなさを甘く見ていたことでありました。少なくとも彼女はそう思っていました。
…因みにシンデレラは知らぬことですが、彼女ほど体力がない他の人間ならもう既に倒れていたであろうというほど彼女は働かされていたのです。周囲の人間からしたら、普通なら早々に音をあげるはずの仕事量を淡々とこなすシンデレラは脅威の存在でした。けれどいつの間にかそれに慣れて、城に仕える人々は頼まれると断れない性質のシンデレラに仕事を押し付けて楽をすることを覚えてしまったのです。そうしてとうとうシンデレラも限界を迎えてしまったのもむべなるかな。
その結果として昨日うっかり眠ってさぼってしまった分回復してきてはいるのですが、シンデレラの体はまだまだ休養を欲していました。それでも。
「答えなさい、シンデレラ」
「…も、もちろん逃げません」
こめかみの血管が見えるほどにご立腹な様子の二人の気迫のもたらす恐怖のあまりにシンデレラは頷くしかありませんでした。上司というのはかくも恐ろしいものです。
街への使い走りに、城中の掃除に、明日あるという宴だかの準備に関わるあれこれ、とても一人でこなせるか怪しいそれらの指示をシンデレラは何とか覚えつつ、これを終わらせたらなんとかしてこの城を出ようと心に硬く決めたのでした。
「おやシンデレラ、奇遇だな」
仕事で訪れた街中で、藪から棒にかけられた声を無視すると、シンデレラは野菜売りのおじさんに向き直りました。
「…親父さん、今日の晩までにここに書かれただけの野菜を城に搬入してくれ」
「はいよ了解だ。…嬢ちゃん最近やつれたんじゃないかね?大丈夫かい」
「なんとかね、ありがとう。よろしく頼むよ」
そう言って手を振ると、シンデレラはあえて振り返らないように店主と別れました。しかしシンデレラが無視して歩き出したはずの存在は、それに構うことなくついて来ます。
「なにやら大変そうだな。買出しか?」
反応せずにいたシンデレラは抱えていた荷物をぱっ、と奪われて初めてついてきた男に声をかけました。
「…見れば分かるでしょう。その荷物返してください、ヴィエロア殿下」
「いやだ」
シンデレラの手をかわしつつ黒髪碧眼の男はのんきに荷物の中身を眺めながら、あ、女官長お気に入りの石鹸だなどと呟いています。こちらはまだまだやることがあるというのに、このお忍びに変装しているらしい男は何を考えているのでしょうか。
「忙しいんだ、あんたに構う暇はない」
「俺は暇だ」
「知るか」
「つれない」
「暇つぶしなら他をあたれ。明日お后選びがあるらしいじゃないか、花町で女の口説き方を磨くなり城で衣装を選ぶなりやることがあるだろう」
「いずれも俺には必要ないことだ。何より儚い様子の乙女を前にしたら手を貸すものだしな」
飄々と男は言いました。どうやらシンデレラは彼に気遣われているらしいことに気付き、驚きました。
「…乙女じゃない」
素直に礼を述べる気にもなれずにそういうと、
「まあ、これは持ってやる。次はどこに行くんだ」
「花屋」
「ならアリシアの店だな」
すたすた先にたって歩く男の後ろを、なぜ自分は他ならぬ第一王子に手伝われているのだろうと奇妙な心地を味わいつつシンデレラはついていきました。行く先々で声をかけられ、連れを何者か問う人々に同僚だと苦しい言い訳をしつつ、王子の寄り道に付き合いつつ、なぜか予想より早く仕事を終わらせることができました。
近道と称してシンデレラすら通ったことのない道なき道を、重い荷物を抱えているとは思えない調子で進んだヴィー王子のおかげといえば、そうです。長年城下町に暮らしていたはずなのに、思わぬ場所から見たことのない美しい景色を今日はたくさん見ることができたシンデレラはただの買出しの時間を意外と楽しく過ごしていたことに気付かされました。シンデレラが素直に感嘆の声を上げるたびに、王子はやわらかく笑っていました。
「城下に、詳しいんだな」
シンデレラの声は、本当に感心した響きを含んでいました。『第一王子が城下で行く先は花街ばかり』と噂で聞いていたのに、実際にはそればかりではなかったようです。彼は町の見所を知ってもいれば、いい品を出す店もよく分かっているようでした。
「まあな、だてに抜け出してばかりいるわけじゃない」
一瞬どこか遠い目をしたヴィー王子は、彼を見つめる鳶色の目に気がつくと、おどけたように笑いました。
「それにしてもお前は城下では女性として見られているようだが」
シンデレラは顔を顰めました。行く先々でシンデレラは『嬢ちゃん』と呼ばれるのです。
「…貧相だからからかわれているだけだ」
「ほう?女にしても貧相だがなあ」
「やかましい」
「頑ななことだ」
そんなやり取りをしながら、とうとう二人は城門が見えるところまでやってきたのです。
「さて、俺は門番がうるさいから帰る」
「…待て」
さっさと何処かへ行こうとするヴィー王子をシンデレラは引き止めました。
「助かったよ、ありがとう」
その言葉に、に、と笑うと、
「どういたしまして」
と言って青年は立ち去りました。
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