シンデレラ風パロディ

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8.

「そんな、私はロイナス様を思って」
「ならば、私の選ぶ后が誰であれ頷いてくれますか?」
「そ、それは」
「いいことを教えてあげましょうか。私は王位に興味はない」
「な、馬鹿な!!あなた様は、昨日まで…」
「とんだ茶番に付き合ってくださったことには感謝しますが、そろそろこの下らない劇に幕を下ろしましょう。誰が見るにも耐えない醜態を晒す前に」

 鍛え抜かれた刃のように輝く白銀の髪を揺らし、設けられた席から立ち上がると怜悧な美貌はその薄い色の青空を封じ込めたような瞳を細めて冷たい微笑を浮かべました。

「私を慕ってくださったというお礼にご忠告を。早々に王都を去る準備をすることです、兄上が即位する前に」
 そうでなければ、それなりのお覚悟を。

 その言葉を受けた壮年の貴族は、顔を青白くさせながら呆然としておりました。それを最後に一瞥するとテーブルの上に積まれた豪勢な食事に何の未練もなく第2王子はその場を去りました。

 外にでると最早、日は暮れて夜の帳が落とされておりました。ロイ王子が空を見上げると月はほとんど丸く膨らんでいて、宴のある明日は見事な満月が見られることを予感させます。静かな晩でした。彼は一つ溜息をつきます。彼の弟であるナンテス王子の分も含め、彼の兄が即位することを煙たく思う人間へ忠告する作業も、先ほどの人間が最後の一人でした。それにしたって要らぬ気迫をこめてしまった気がします。
彼は苛立っていました。

「フィー、いや、今はシンデレラって言っていたっけ」

 ほとんど話すことなく、いえむしろ話す事を拒むようにして彼の元を去った懐かしい相手をロイ王子は思います。

 自身が王子ということを、男ということを黙っていたのは自分の責です。しかし王子はともかく、フィーにのみロイナスという名前を明かしていたのだから彼が男だというのはシンデレラも知っているものと思っていましたが、シンデレラのあの様子だとそうでもなかったようです。騙していたようなものですから、シンデレラは怒ってしまったのでしょう。だからあんな態度をとったのだろうとロイ王子は納得しようとしながらも、シンデレラに『ロイナス王子』と呼ばれた時、ぐさりと何かが胸に突き刺さって、それ以降苛々としていました。

 彼自身、昔と同じように接して欲しかったのです。王子も性別も超えて、同じ目線を持ったただの一人として。それが今は叶わぬことに、苛立っているのだと彼は分かっていました。

「あと、少し。兄上が王位に付けば」
 そのために彼の弟であるナンテス王子が今頃は、父王が求めているだろう女性を見出してくれているはずです。兄王子が王に即位するのを見届けて、彼は王族を去るつもりでした。
「問題はあの兄上が素直に腰を落ち着ける気になるかということだけど」

「俺がなんだって?」

 いきなりかかった声に、思わず身に着けている短剣を投げつけると相手はそれをすんでのところで掴みました。

「腕が鈍っていないのはいいことだが兄を殺す気か」
「正当防衛です。私にその罪を負わせたくないならそちらが気配を消して近寄るのを止めてください」
「怖いな」

 くつくつ笑うロイ王子の兄である青年は、ちっとも怖がっている様子ではありません。いっそ本気で投げればよかったかとロイ王子は少し思いましたが、首を振ってその考えを打ち消しました。

「…もう子どもではないでしょう、悪戯も大概にしてください」
「はいはい、分かった」

 城に向かって、二人は並んで歩き出します。

「一体何の用ですか、兄上」
「お前の恋人を見つけたんだが」
「…仰る意味が分かりませんが。私に恋人はおりません、ご存知でしょう」
「ほう?あちらはお前を知っているふうだったぞ?」
「私を知る者などいくらでもいる」
「呼び捨てにする人間はそういないだろう」
「心当たりがない」

「シンデレラ」

 思わぬ相手から飛び出した言葉に、ロイ王子は足を止めました。その反応を楽しげに彼の兄は見やりました。

「ほら、いるじゃないか」
「…兄上、彼を知っているのですか?」
「『彼女』を知っている」
「戯言を」
「…ふうん。別人か?」

「ふざけていないで。兄上、明日は逃げないでくださいね」

 気を取り直したように、ロイ王子は歩き出しました。
 彼の兄は、何かを思案するようにその背を見つめておりましたが、やがて彼もまた歩き出しました。


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