シンデレラ風パロディ

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9.

 さて、課せられた仕事を終えて疲弊しきったシンデレラが自分の部屋に戻ったのは、朝から后選びの宴があるというその当日に時刻的には入っているほどの深夜のことでした。
「もう、動けない…」
 寝る前の作業を何もかも放棄して布団に倒れこむと、すやすや彼女は眠ってしまいました。

 夢に出てくるのは、昔のことばかり。

 もう今では男性と分かってしまったけれど、幼い頃の自分にとってまるで憧れの優雅で美しいお姫様そのものであったロイナスと遊ぶ自分。
 孤児院が、ロイナスを救ったときに昏倒させた相手の復讐で燃やされた日の炎の色。
 そして、あの日命を救ってくれたけれど、そもそもこんなところで働く気を起こさせた最たる原因である恩人であっても憎き、老人の…

「走馬灯など見て、この老人より早く死ぬ気ですかな、シンデレラ」
「そうそう、この年取ってるくせに無駄につやつやした肌がなんだか憎らしい、なぜか」
「寝ぼけているだけに本音ととっていいものか、随分失礼な物言いをしてくれますなあ」
「最近の夢はやけに現実に近いんだな。あの口の立つ爺さんと同じでよく喋る」
「…起きていますか、シンデレラ?叩きますよ」

 びし、と額をはじかれ、ようやくシンデレラは目の前にいる人間が現実のものと気がつきました。一体どうこんなところに忍び込んだのやら、飄々とした老人の姿はシンデレラのよく知る者。

「爺さん!?寝てたんじゃ…」
「そうです。私が少し眠っている間に、馬鹿な弟子はなぜこんなところで死に掛かっているのか説明願えますか」

 自分を見る老人の真剣な目に、シンデレラの身はどうやら本当に危うかったことを悟りました。不思議と軽くなった体をぼけっと見下ろしていましたが、シンデレラはなにやら自分を救ってくれたらしい老人に礼を言うと彼の問いに答え始めました。

「なぜって、爺さんが噂の眠り病になったと思ったから、お手伝いさんにとりあえず面倒を見るのを任せて薬代を稼ごうと」
「…相変わらずせっかちな。それでどう城に潜り込んだんです。まだ幻術は教えていませんが」
「いや、酔っ払った王様を拾って…いや拾われて?」
「…大体分かりました。道端に落ちているものをむやみに拾ってはいけませんし、知らない人についていってもいけないとあれほど言ったのに。まったくあなたと来たら…」

 シンデレラは子どもにされるべきであるような長々とした説教を項垂れて聞いています。反論できないのです。ようやく一通り説教が終わると、老人は侍従姿のシンデレラを見やりました。

「どうやらまだばれてはいないようですな」
「かろうじてだけど」
「ならばまだあなたを破門というわけには行きませんか…約束ですからなあ」
「なんで残念そうなんだ…」

 彼女を火の海から昔救い出してくれたこの老人は、魔法使いです。精霊も死滅したとされる時代、けれど魔法はありました。ロイナスがシンデレラを探しても見つからなかったのは、彼女がこの老人の元で、ほとんど篭りきりで修行に明け暮れていたためです。そして彼の弟子となるにあたり老人と交わした約束は、魔法使いであることと女性であることが周囲にばれないようにすること。そもそもシンデレラは男の子のように育ってきたし、まだまだ魔法に頼るほど力を使えないしでどちらの約束も今まで破られることはなかったのですが、今回第一王子のせいで危うかったのは事実です。

「…爺さんはそもそもなんであんなふうに死んだみたいにこんこんと眠っていたんだ、紛らわしい」
「10年に一度私は深い眠りを必要とするのです。そう、あなたには教えたはずなんですが」
「いつ?」
「5年前に一度」
「覚えてるわけがないだろう、眠る前に言ってくれ」
「…あなたのその化け物じみた体力が記憶力に少しでも回ればよかったのですが。まあ、今回は予想よりも早くその時期が来たのでしょうがなかったのかもしれませんね」
「まあ、爺さんが全然元気でよかったよ」

 シンデレラは屈託なく笑いました。
 彼女が高給に惹かれてこんなところまでやってきてあくせく働いていたのは、とある高い薬でなければ治ることのないとされる難病の一つである眠り病に彼女の魔法の師であり恩人たる老人がかかったのだと思い込んだためでした。どうやら、杞憂だったようです。彼女は立ち上がると、元から大体まとめてあった少ない荷物を抱えました。

「おや、どこへ?」
「いや、帰るに決まっている」

「せっかくだから、楽しんでいったらどうですかな」
「へ?」

 ひょい、と老人が彼の体を支える杖を持ち上げて振ると、いつの間にか二人は城の外におりました。気の早い朝日が昇って、町を照らしました。

「…勘違いとはいえ今回私のためにがんばってくれたようですし」
「え?」

 さらに杖をもう一振り。シンデレラの短い髪がするすると波打つように伸び、その身は唐突に上品な化粧と淡い青のドレスに包まれました。

「ちょっと待て」
「たまには羽目をはずすのもいいでしょう」

 杖がくるりと回されると、現れたのは見事な体格の白馬の付いた馬車と、そして。

「爺さん、その格好はなんだ」
「あなたも鏡を見たらそんなことは言えませんよ?」

 シンデレラのようにその正体を知らなければどこからどう見ても立派な御者にしか見えない老人は、杖でなく鞭をしならせるとにやりと笑いました。
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