これは夢だと分かっている時がある。
そういう時に限って、やけに夢は色濃く鮮明で、現実よりもはるかに優しくて居心地がいいのにすぐに消えてしまう。
無かったのと同じに、幻らしくあっさりと何も残らず手のひらからすり抜ける。

はずなのだが。

フィーは、王都の、祭りの只中にある街にいた。
自分が夢の中にいるのだと彼女は分かっていた。収穫祭に浮かれた人々を含む王都の情景がいやにはっきり目の前にあっても、夢にはほとんど現実を丸写しにしたようなものもあるのでおかしくはない。なにより、収穫祭はとっくに終わって彼女は旅の途上だし、現実なら鳴り響いているはずの音楽や人のざわめきの音がしなかった。

街の中でフィーは一人だった。
いつもなら傍にいるロイも、シライも、レオナもいない。探し回ってみたが、やっぱり見つからなかった。工房の中も空っぽで、暗い家に一人でいるのも退屈なので街まで出てきたのである。そして夢なのにすっかり歩き疲れてしまった。夢と自覚した場合、普段ならこのあたりで目が覚めるのに今日は一向に目覚めない。

それにしてもなんだか先ほどから、人々はそそくさと自分から遠ざかっていくようだ。被害妄想だろうか。なぜだろう。フィーは首をかしげる。夢だからだろうか。フィーは道端に座り込んで街を眺めることにした。

フィーのいる通りには、そこかしこに収穫された野菜やら穀物、それで作られた料理が溢れている。夜の明かりに照らされてそれらはいやにおいしそうにてらてら輝いた。残念ながらおそらく味はしないだろうと思いつつも手近な果物を一つとって弄びつつ、フィーは遠目に歌い踊る人々を眺める。皆、この日のための一張羅を着て、楽しそうだった。はにかんで手を取り合う少年と少女もいる。
こういう祭りの日には一夜限りの恋に興じる若者達も多いのだという。あいにく毎年自分とは無縁だったが。忙しくない時に大抵ロイやシライと共に、時には工房の独り者を加えて出かけはしたものの、日頃よりは楽しく身近な者たちと騒ぐ日、フィーにとって祭りはそれくらいのものだった。色恋沙汰には程遠いという意味ではちょっと寂しくもある青春を、フィーはぼんやり振り返って溜息した。もっともロイが傍にいた時点で、寂しいなどといおうものなら多くの婦女子の反感を買うだろう。そこまで考えた時、座り込んでいる彼女の頭上に影が差し掛かった。

「あのう」

他は一切無音の中かけられた声に、フィーが顔を上げるとかぼちゃ頭がいた。目と鼻と口をくりぬかれたかぼちゃをすっぽりと頭に被っている。その滑稽さが愛らしい、よく子どものする仮装である。ただし少々気になるのは、夜の闇の中でやけにそのかぼちゃ頭は光っていることだった。まるで、人の頭で無く辺りを照らす灯火が中に入っているかのように。
まあ、夢の中だしな、とフィーはとりあえずそのことは考えないことにした。

「どうした?子どもはそろそろ家で眠る時間だろう?」
「あ、あなたも人のことは言えないですよ」

見下ろせば、なるほどフィーの体も小さかった。ひょっとして、と自身の頭を触ってみると、固い感触がした。かぼちゃである。フィーは固まった。

「しかもそんな彫像の顔を彫ったようなかぼちゃ被って、ちょっと話しかけるのに勇気がいりました」

かぼちゃ頭の少年だか少女だかの直截な言葉に、フィーはようやく人が傍に寄らない理由を得心した。なるほど、そういえば子どものころこういうことがあったな、と。手製のかぼちゃ頭を被って出歩いたら、師匠は大爆笑して、シライは青ざめていたっけ。しかも確かあのかぼちゃは抜けなくて大変だったということまで思い出し、フィーはきっとこれは抜けなくなっている、と半ば確信した。夢とはそういう理不尽なものだ。

「…気にするな。お前、迷子にでもなったのか?」
「実はそうなんです。僕が、というか、本格的に迷子になってるのはきっと連れのほうなんですけどね。かぼちゃ仲間のよしみで助けていただけないかと思いまして」

お願いします、と重たそうなかぼちゃ頭を下げようとして転びそうになっているのを助けてやりながら、フィーはこの夢から目覚めるまですることが見つかったようだと苦笑した。

聞けば、かぼちゃ頭はジャックという名の少年であるらしかった。

「連れが本当酷い奴なんですよ。あの神をも騙す口先八寸男、決して手放しちゃあいけないって言うのに、うまく嘘をついて僕の手を放したんです。だからこんなことに」

歩きながら、ジャックはよく喋った。随分長く共にいるらしい彼の連れのことを。世界中の夜を潜り抜けるように2人で放浪しているのだと旅先の話もたくさんしてくれた。少年の子どもにしてはやけにこなれた口調はそのせいかと思いながらフィーは話を聞いていた。ジャックは楽しげに街を見回す。

「夜はいい。静かな夜も素敵ですけど、僕は祭りが好きですねえ。あるとついつい寄っちゃうんだ。連れももちろん一緒にね。遊びは好きなんですけど、ふざけ過ぎちゃって時々酷い目に遭う。僕もよく巻き込まれて…あ、でも、どこか憎めない奴なんですよ」
「仲がいいんだな」
「というか、訳あって離れられないんです」

ジャックの表情はかぼちゃのせいで見えなかったけれど、別にそれをいやと思っている様子ではなかったので、
「そうか」
とだけフィーは言った。夢でなくても、人の縁は理屈では計れないものだ。

この祭りの明るい中、ジャックはこの街で今一番暗い場所がどこかとフィーに訊ねた。彼の連れの男は陽気な性格なようなのに奇妙な話ではあったが、フィーは素直に神殿地下を目指した。人々に解放されていて、それでいて街中であれほどに暗いところといったら他に考え付かない。とりあえず目的を果たさなければ途中で起きてしまって目覚めが悪いだろう、と彼女は足を速めた。

果たして、2人が訪ねた神殿は月明かりに堂々たる姿を晒していた。

「着いた。この裏だ」
「やったあ!うわあ、大きな建物ですね。凄いなあ」
神殿をもっと近くで見ようと駆けていくジャックを見て、フィーは笑った。
「元気だな。あんまり遠くへ行くなよ」

2人は大きな建物の周りをぐるりと回るようにして裏口を目指す。そこに地下への階段はある。

「なんだか、ちょっと怖いところですねえ」

薄暗い神殿の裏口に回り、たどり着いた地下の階段を見下ろしながら、ジャックはごくりと生唾を飲んだ。闇ががぱり、と口を開けたように広がっていて、先が見えない。ジャックの輝くかぼちゃ頭も、ここではほんの少し先の足元しか照らさない。それほどそこは真っ暗だった。

「大丈夫か?ここは、一切の明かりをつけるのを禁じられた場所なんだ。肝試しにもよく使われたりするけど」
フィーも言いながらなんとなく背筋がひんやりとした気持ちになって身を震わせる。…フィー達のほかに、人気が全くない。普段ならこんなことはないはずだが。

「夢、だからか」
「え?」
「なんでもない。行こうか、この壁の筋から手を放さなければ別のところから出られるから。お前もなんだか光ってるし、大丈夫だろう」

昔ここへ来たときの記憶をたどりながら片手では壁に手を置き、もう片手で少年の手を取って歩き出そうとすると、少年が立ち止まった。

「ん?」
フィーが振り返ると、かぼちゃ頭が首を振った。
「僕が先に行きますよ…震えてるじゃないですか」

目を丸くした後、フィーは微笑んだ。なるほど確かに自分は震えていたらしい。夢であれ、闇は彼女にとってどうしようもなく怖いものだ。けれど、少年だって震えているのに。こういう紳士的振る舞いを全くの他人から受けるのは久し振りだと少し嬉しかった。

「ありがとう」
「いえ、付き合っていただいてる身ですしね」

フィーが礼を述べると、表情の読めないかぼちゃの顔が少し笑った気がした。2人で歩き出す。
そう、多少怖くても、一人だった先ほどよりははるかに心強いし楽しいのだから、大丈夫だ。そうフィーは思った。

「あれ、こんなところに扉があったっけ?」
暗い中を壁に引かれた筋とジャックの明かりを頼りに進んでいくと、なぜだかドアを見つけた。

「本当だ、扉がある。鍵とかはついてないみたいですけど…あ、この先にももう一つあるみたいですよ」
少し進んでみたりした結果、どうやら扉は5つあることが分かった。

青い扉を開く
赤い扉を開く
空色の扉を開く
橙色の扉を開く
黒い扉を開く

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